畑間遺跡の大量出土銭

畑間遺跡の大量出土銭

畑間遺跡(はたまいせき)は東海市大田町に所在する、弥生時代から近世にかけての集落遺跡(しゅうらくいせき)です。

東海市では土地の区画整理事業に伴い、まわりの東畑(ひがしはた)・郷中(ごうちゅう)・龍雲院(りゅううんいん)遺跡と共に、平成11年度(1999年度)から記録保存のための発掘調査(はっくつちょうさ)を行っています。

 

平成28年度(2016年度)の調査では、畑間遺跡から中世の「大量出土銭(たいりょうしゅつどせん)」が2つ見つかりました。

愛知県内では13例目の発見で、発掘調査で見つかったのは初となります。

 

大量出土銭とは、壺(つぼ)や甕(かめ)、曲物(まげもの)、袋などを入れ物にして、大量の古銭(こせん)が入った状態で見つかったもののことをさします。

畑間遺跡の大量出土銭は古瀬戸(こせと)の三耳壺(さんじこ)と常滑焼(とこなめやき)の壺を入れ物としていました。

 

大量出土銭出土状況(古瀬戸三耳壺)

大量出土銭出土状況(古瀬戸三耳壺)

大量出土銭出土状況(常滑焼壺)

大量出土銭出土状況(常滑焼壺)

 

大量出土銭が見つかった時は、壺の中に土が入り、古銭は銅製品(どうせいひん)であるために錆(さび)が付いていました。

大切な文化財(ぶんかざい)として未来へ残していくために、令和元年度(2019年度)に保存処理(ほぞんしょり)を行ないました。

 

保存処理前の大量出土銭(古瀬戸三耳壺)       保存処理前の大量出土銭(常滑焼壺)

保存処理前の大量出土銭(古瀬戸三耳壺)    保存処理前の大量出土銭(常滑焼壺)

 

常滑焼の壺は見つかった時からヒビが入っており、一部が自然に割れたため、そこから古銭を取り出して全てを分解しました。

その結果、古銭が4,196枚入っていたことが分かりました。

最も多く見つかったのは、皇宋通寶(こうそうつうほう)(初鋳年(しょちゅうねん):宝元(ほうげん)2年(1039年))といった、北宋・明銭(ほくそう・みんせん)など当時の中国大陸でつくられた古銭でした(この頃は国内で銭貨(せんか)はつくられておらず、大陸からの輸入品でした。)。

 

最も新しい古銭は、宣徳通寶(せんとくつうほう)(初鋳年:宣徳8年(1433年))です。

常滑焼の壺の大量出土銭の年代は、最も新しい古銭にもとづくと16世紀前半ですが、見つかった状況などから総合的に考えると15世紀後半頃のものと考えられます。

 

2つの大量出土銭は古銭と共に、東海市立郷土資料館にて展示をしています。

 

大量出土銭展示の様子

大量出土銭展示の様子