荒尾町の民話

平島の妖怪

いまは東海市荒尾町となっている平島村でのむかしむかしの話です。夜になると、東の森から妖怪が出るといううわさが広がりました。
田兵衛さんが暗くなるまで田植の仕事をして、近くの沼でくわを洗っていますと、
「ギャッ。」
という、気味の悪い叫び声が起こりました。ギョッとして声のしたほうを見ますと、沼地のよしの茂みから、なにか青白い、火の玉のようなものが宙に浮かんで、そのまま森の方へ消えて行きました。
それからというものは、田兵衛さんは、どんなに仕事の忙しい日でも、日が暮れる前に家へ帰るようになりました。
「百姓が日の暮れんうちにあがってちゃ、干上がっちまうぞ。」
と、はじめ人々は田兵衛さんを笑っていましたが、そのうち、だれも笑わなくなりました。そればかりか、みんなが、田兵衛さんのように早めに仕事を切りあげて家に帰るようになりました。
「いったい、あの声はなんだい。」
「おまえも聞いたか。」
「聞いたぞ。おのしのいったとおりだ。いやな声だのお。」
「おら、火の玉見たことあるが、あんな声出すやつははじめてだ。」
「なんだか、いっぺんに背すじが寒うなるような声だった。」
「沼の主が東の森へ夜遊びに行くのかいな。」
「じょうだんいっとるときじゃねえぞ。このままじゃ、仕事も安気にできん。」
「ほんとだ。なんとかしなきゃ。」
こんな妖怪さわぎが、平島きっての弓の名人、坂左衛門の耳にはいりました。
「よし、どんな妖怪かしらんが、おれが退治してやる。」
と、ぴんと張った自慢の弓をこわきにして、沼に近い森の入り口で待ちました。
日が暮れて、百姓たちが帰ったあとは、かえるの鳴き声がいやに大きく響いてきます。東の森からは、ふくろうも鳴きはじめました。なんだか、森全体が妖怪のように不気味です。しかし、そこは腕に覚えのある坂左衛門です。妖怪の現れるのをじっと待ちました。
「ギャッ。」
森のてっぺんから怪しい声がしたかと思うと、青白いものが降りてきました。
「すわ妖怪。」
と、すかさず弓につがえた坂左衛門は、ぐいっと引きしぼり、
「ギャッ。」
と、ふたたび起こった怪しい声をめがけて、
「ひふっ。」
と矢を放ちました。手ごたえはありましたが、たしかめもしないで、さっさと家へ帰ってしまいました。自信があったのでしょう。
あくる朝、人々が森の近くをさがしてみますと、ひろげた羽根の長さが一メートルもある大きな青さぎが、みごとに胸を射ぬかれて死んでいたということです。