加木屋町の民話

雉子山

尾張藩の二代目のお殿様は、徳川光友公といわれる方でした。いまの東海市高横須賀町に横須賀御殿とよばれる、尾張藩の別荘を築いた人として知られています。このお殿様は、狩りがお好きで、自分の領地のあちこちで、よく狩りをしたのだそうです。狩りは、戦国時代が終わり、平和になった徳川時代でも、戦の練習として、しばしば行われたのでした。
「どこか、キジがたくさんいる狩り場はないか。」
お殿様のお言葉で、家来の者がいろいろ探したところ、加木屋村にキジがたくさんいる野原や山のあることがわかりました。
「申し上げます。知多群加木屋村に、キジがたくさんいる野や山があります。あそこなら横須賀御殿のすぐそばで、お出かけにも便利かと存じます。」
「では、さっそく狩りの用意をいたせ。」
いよいよ狩りが始まりました。家来の者たちは、キジが多くいるという山や野原をとり囲んで、鐘や太鼓を打ち鳴らして、キジを追い上げます。村人たちも、それに協力しました。殿様は、狩りの様子が一番よくわかる位置にいて、全体を指図しています。
キジが飛び立ちました。
「行け!!」
殿様の鋭い号令とともに、家来の者に持たせていた鷹が放されました。鷹は、一直線に飛んでキジに追いつくと、鋭い口ばしとつめで、自分の体より大きなキジをしとめました。
弓をもってひかえていた家来の者たちも、つぎつぎに飛び立つキジや山鳥をねらって矢を放ちました。そのうち、野うさぎやたぬきまで飛び出してきて、この日の狩りは大成功のうちに終わりました。
それからも、村人たちは、この野原や山を殿様の狩り場として大事にしましたので、キジも、ますますたくさんすむようになりました。そして、この山のことを、殿様への尊敬の気持ちをこめて、「御雉子山」とよびました。いまでは「雉子山」とよばれています。東海市ではいちばん高い山で、海抜五十九・三メートルあります。そのふもとの野原は、「雉子野」とよばれましたが、今では、住宅地となっています。