副市長&部長メッセージ

平成29年11月1日

企画部次長 野口剛規

私のウォーキングは休みの日に長めに歩くもので、リフレッシュのために行っています。

天気が良い日に、大まかな時間と歩くルートを考えて出発します。私の自宅は市内でも南の端、知北平和公園の近くにあり、自宅を中心に新しいルートを見つけて楽しんでいます。以前は自宅からの往復を全て歩きということで全体のコースを考えていましたが、最近は、電車やバスを組み合わせることで、新しいコースを増やしています。

コースを考える際は、時間はもちろんですが、まず折り返しとなる目的地を選びます。一番多いのは公園です。休憩はもちろん木々や草花、時にはイベントなど何時行っても楽しむことができます。東海市は公園が充実していますが、自宅の立地を生かして、近接する知多市や大府市、東浦町の公園へ向かうコースも定番になっています。

公園以外では大型のショッピングセンターも目的地になります。飲食が容易なこととついでに買い物ができることがポイントです。

定番コースとしては、自宅からそれぞれ、加木屋緑地(東海市)、佐布里緑と花のふれあい公園・梅の館(知多市)、愛知健康の森公園・げんきの郷経由(大府市)、於大公園(東浦町)があり、時間は概ね片道40分程度となっています。休憩を入れて2時間程度で往復できるためよく利用しています。梅や桜、秋の紅葉など四季を通して様々な花や木々の彩りを楽しむことができます。加木屋緑地ではアサギマダラという珍しい蝶を見ることもできます

半日程度の時間があるときは、もう少し遠くまで行くことがあります。行きはウォーキングで帰りは電車。これだと同じ時間歩いても徒歩だけの時より、倍の距離まで行くことができます。最近の例では、半田市の矢勝川に彼岸花を見に行ったり、有松の古い町並みを見に行ったりと、車でしか行かないような所へも歩いて行くことで新しい発見があり、ウォーキングの楽しみが更に広がっています。遠出をする場合は、特にスマートフォンの地図アプリが役立ちます。目的地までのルートや時間、コンビニなどの場所も分かるのでとても便利です。

ウォーキングは、手軽でお金もあまりかからず、また、途中見る田畑の様子や空や雲、遠くに見える山々をながめることで季節の移り変わりを感じ、自然や人々の営みに思いをめぐらせるなど、身近なところで充実した時間を過ごすことができるので、リフレッシュには最適です。

みなさんもそれぞれに、自分の好きな道、ウォーキングコースを持っていると思います。そんな情報を交換できる場があっても面白いだろうなあと考えたりします。

この秋は台風の影響もあり、週末は雨の日が多くなっているのが残念ですが、これから益々秋が深まり、ウォーキングに最適な季節になってくるので、新しいコース作りを楽しみたいと思います。

asagi     higan

加木屋緑地のアサギマダラ          矢勝川沿いの彼岸花

2017年11月1日

平成29年11月1日

新駅整備推進監 早川明徳

誰にも魂を揺さぶられる曲があると思います。

私の場合、さだまさしさんの「風に立つライオン」です。

20年以上前になりますが、初めてこの曲を聴いて、一発でしびれてしまいました。

医療派遣で遠くアフリカへ赴任した、日本人の若い男性医師が主人公です。

その彼が、日本にいるかつての自分の恋人が他の人と結婚することを知り、その彼女へ綴った祝福の手紙の文がそのまま歌詞になっています。

せつなくも深い感動を呼ぶ名曲です。まだ聴いたことがない方は、ぜひ一度全フレーズを聴かれることをお勧めします。

余談ですが、この医師には、実話のモデルがいるそうです。

ご存じの方も多いと思いますが、2015年春に公開された同名の映画は、この曲をモチーフにしたものです。

さださんがこの曲を世に出したのは、1987年です。

大沢たかおさんが、この曲にほれ、映画化前提でさださんが、同名小説を2013年に出版し、その小説を脚本にして、大沢さん主演でアフリカでの現地ロケを行い映画ができました。

「風に立つライオン」は曲、小説そして映画と展開しています。

小説や映画のでる以前より、この曲「風に立つライオン」は、医療派遣や海外支援の現場において、関係者のみなさんへさまざまなエールを送り続け、国内外でのボランティア活動の基金名にもなっております。

 「風に立つライオン」の歌詞は壮大で心打たれる内容ですが、中でも私が一番感銘した一節について私の雑感を述べさせてもらいます。

ここでは、この一節についての私の雑感を述べさせてもらいます。

「 僕たちの国は 大切な処で道を間違えた 」・・・

かつてバブルがはじけた後の日本が、その後、経済的にも精神的にも急速に迷ってしまったさまが、まさにこの言葉につきると思いました。バブル崩壊前のまだまだ景気が華やかになっていく頃の1987年に、すでにさださんはこの言葉を使っているのです。

では、ここで言う「日本が道を間違えた大切な処」とは何なのか、自分ながらに考えてみました。

それは、次の三つのことを軽んじてしまったことではないでしょうか。

それは、

・ 人の命の大切さ

・ 人の情けの温もり

・ 自ら体を動かす喜び

このように自分は思っています。

しかし、なげいてばかりでは、何も始まりません。

道を間違えてしまったのなら、もとの正しい道を探しだして戻ればよい。

忘れてしまったことがあるのなら、思い出してみればよいのです。

この曲が世に出た1987年以降も、日本は、阪神淡路大震災・東日本大震災・御嶽山噴火及び昨年春の熊本地震、今や頻繁に襲ってくる大雨などの大震災や多くの自然災害、そして大きな事故を幾度も経験し、その度に、多数の大切な人命及び貴重な財産が失われ、多くの人たちが怪我を負ってきました

しかしながら、日本は、これらの大ピンチからそのつど立ち直ろうとし、現在も復興を続けております。

災害時にみせた日本人の助け合いの精神やモラルの高さは世界中より絶賛されております。

勤勉さや忍耐力、道徳感にも優れたものがあります。

まだまだ、日本にはパワーがあり、災害や事故の悲しい記憶を背負いながらも、ひたすら前へ進もうと努力を続けております。

拝啓、さだまさしさん。

「 僕たちの国は 道を間違えた大切な処を どうやら

  見つけ出し それを克服できたようですよ 」

2017年11月1日

 平成29年10月1日

副市長 佐治 錦三

10月1日から副市長に就任いたしました佐治錦三です。身に余る光栄であり、また、職責の重さをひしひしと感じているところです。微力ではありますが、東海市政発展のため、誠心誠意努めてまいりますので、よろしくお願いいたします。

私は、昭和53年(1978年)4月に東海市役所に就職してから38年間、また、平成28年(2016年)4月から秘書政策専門監(再任用職員)として1年半の間、本市のまちづくりに携わらせていただきましたが、これも市民の皆様を始め、関係者及び同僚などの暖かいご指導とご支援のおかげであると、心から感謝をしております。

さて、我が国では、人口減少・少子高齢化の進行に伴い、平成17年(2005年)に「人口減少社会」に突入しておりますが、本市では、昭和44年(1969年)4月の市制施行以降、毎年人口は増加を続けており、平成35年(2023年)頃までは、ゆるやかに増加して、その後減少傾向に転じる見込となっています。地域の活力維持や持続可能なまちづくりの視点から、人口減少などを見据えた取り組みは、今後の本市のまちづくりにとって、最も重要な課題であると考えています。

また、本市を取り巻く環境も大きく変わり、平成39年(2027年)のリニア新幹線の開通、平成38年(2026年)のアジア大会の開催などのインパクトを、また、本市の持つポテンシャルをどのようにまちづくりに生かしていくのかが問われることとなります。そうした中、本市は、平成31年(2019年)に市制施行50周年を迎えます。市制施行以来、本市は県下でも有数の生産量を誇る洋ランを始め、全国有数のフキの産地として、また中部地区最大の鉄鋼基地として、農業、商業、工業がバランスよく発展を遂げてまいりました。近年では、子育てや健康づくり、にぎわいづくりなどの施策を戦略的に展開してまいりました。50周年では、そうした先人の努力と功績を誇りに思うとともに、少子高齢化・人口減少社会にあっても、次の50年を展望して、市民の願いである、心豊で活力に満ちたまちの実現に向かって、若い女性が安心して子どもを産み・育て・社会進出ができるように、そして、南海トラフ巨大地震などの自然災害への十分な備えなど、安全・安心な地域社会を実現するために、市民の皆様のご意見をいただいて質の高い取組をしっかり進めてまいりたいと考えております。

本市では、鈴木市長の卓越したリーダーシップと先進的な取り組みの積み重ねによって、「市民の皆様が幸せと豊かさを実感でき、また、次世代に夢と希望をつないでいくまちづくり」を進め、対外的にも一定の評価を受けているところですので、これからの変化の激しい時代にあっても、確かな拠り所を持ちつつ、柔軟な対応にも心がけ、市長をしっかり支えさせていただくとともに「市民との協働と共創によるまちづくり」を更にレベルアップしていきたいと考えております。

今後とも、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

2017年10月1日