平洲塾168 東京で働く介護士の嘆き(下)

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ページ番号1004530  更新日 2023年2月20日

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ですから、僕は、今まで江戸っ子であることを誇ったり、威張ったりした思い出は一度もありません。ぼくは、「俺は江戸っ子だぞ」とミエを切る人は、逆に"田舎っぺ"だと思うようになりました。

ぼくの知る江戸っ子は、イジメられる存在でした。そのため恥じらいとハニカミを覚えました。生粋の江戸人の書いた物は、必ず恥じらいとハニカミに満ちています。

というのが最近までのぼくの"江戸っ子観"でした。

ところが、今度の伝染病事件で、社会が全く一変しました。東京に住んでいるだけで(職場が東京にある人も含めて)、「東京人」の定義が全く変わってしまいました。

「東京由来」と意味不明の言葉が発信され、「諸悪の根源はすべて東京にあり」という空気が強まっています。

その手の患者を扱う介護士の娘が、久しぶりに帰省しようと地方の実家に連絡すると、親は慌てて、「帰ってこなくていいよ! いや、帰ってくるな、近所めいわくになる!」と拒むそうです。

「そんなの、ある?」ぼくは、その介護士さんに訊〈き〉かれました。

「そんなことがあっていいンだろうか?」というのが介護士さんの素朴な疑問でした。

あっていいのかどうか、ぼくにはわかりません。ただ、現状としては、「やむをえないかな」というのが精一杯です。

現在の"東京人"は、生まれ育ちは関係ありません。住んでいるだけ、仕事をしているだけですべてその枠の中に入ります。しかも、東京の方でも大臣や知事は、「不要不急の外出はやめて」と自粛を求めます。「今日の感染者は」と数字の発表があるたびに、東京者は身を縮めます。共犯者のような罪悪感におそわれるからです。

"東京者〈とうきょうもの〉"の定義が変わってしまいました。今の東京者は新しい定義によって、親にも見捨てられるのです。それも親の意思ではありません。ご近所というコミュニティーの気持ちなのです。

「生まれた家が失〈な〉くなっちゃった。ご近所もなくなっちゃった。あたしは、田舎も失くなっちゃった」介護士の娘はそう嘆きながら、都内の寮に帰って行きました。 (おわり)

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