平洲塾162 2冊は不易の本 平洲先生的2冊の本(4)

Xでポスト
フェイスブックでシェア
ラインでシェア

ページ番号1004536  更新日 2023年2月20日

印刷大きな文字で印刷

「樹木たち」の不易性

92歳になってからのぼくが、「自分が読むと同時に、他人にもすすめたい本」として選び出したものは、くどくなりますが、前回書いたように、「芭蕉のいう"不易"に適合するような本」です。言うまでもなく不易というのは、「決して変わらない、あるいは変わってはならない」ことを示します。いってみれば、「すべての元素」のことです。もっと言えば、「消えてはならない普遍の真理」と言ってもいいでしょう。実にめまぐるしい世の中で、情報が氾濫〈はんらん〉しています。ぼくは随分前から、「今のような状況は、人間が一人の頭の匣〈こう〉ではとても収容しきれないほどの情報量が飛び交っている」と思っています。したがって、別に92歳ならなくても、日常生活で、「頭に留めておくべき情報と捨てた方がいい情報」に分類することが大事だとかなり前から考えています。しかし、なかなかうまく行きません。それは"下情〈かじょう〉好き"のぼくは好奇心が強く、他人なら、「こんなつまらない情報など、覚えておく必要はない」と捨ててしまうような物まで、「これは、覚えておいたり、あるいはどこかに切り抜きを残しておけば、いずれ役に立つかもしれない」という気持ちを起こして、保存してあるものが結構あるからです。しかしこの"保存"についても、「もっと厳しく選択する必要がある」と考えるようになりました。

いつまでもこんなことばかり書いている訳にはいきません。二冊目の本『樹木たちの知られざる生活』(ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)に触れましょう。

この本の主人公は森の樹〈き〉たちです。樹たちは生きています。互いに地中で言葉を交わして話しています。問題がある度〈たび〉に、連絡し合い、議論もします。そして合意を得ます。それが自分たちを襲う害であれば、それから逃れたり、あるいはこれらと戦って潰〈つぶ〉したりする手段を考えます。はっきり言えば、人間たちと同じ社会を森の樹たちは持っているということです。それが著者のいう、「樹木たちのコミュニティ」です。ぼくは子供の時から、実際にそういうことがあるのだろうと空想して生きて来ました。ですから、映画の"ロード・オブ・ザ・リング(指輪の道)"などを観ていても、森の樹木たちが正義の子供たちを守るために味方をし、自分たちがその場所を動いて、子供たちを襲う敵と戦うようなことをしますが、ぼくはごく素直に観ています。観念の上では、当然あるかも知れない現象であり、実際にあるかも知れません。

ぼくは、いまだに、森の中を歩いたり、あるいは乗り物に乗ってそういう近くを通り過ぎる時は、ふっと、(夜中、人々が眠っている時に、この樹木たちは好き勝手に歩いたりするかも知れない)と空想します。『樹木たちの知られざる生活』という本は、ごく自然にそういう空想を現実の事として伝えてくれます。

もちろん、この本は書き手が広大な森林の管理官ですから、「特別な仕事をしている人の限られた考え方だ」という受け止め方があるかも知れません。ぼくには、そう思いたい理由がもう一つあるのです。

"森のコミュニティ"を"畠〈はたけ〉のコミュニティ"に

ぼくは、すでに20年近く日本のJA(全国農業協同組合連合会)の幹部研修の顧問をしています。年に二度は、実際に自分の講演時間を持っています。ですから、農業には非常に関心があります。この本の中で著者は、最後に、「樹木だけでなく、農作物もこの本の中に書いた樹木のように生きて下さい。そうなれば、どんなに楽しいことでしょう」と書いています。ぼくはこれに賛成です。

土の中で育ったタマネギやダイコンやジャガイモやニンジンたちが、互いに、「おいジャガイモよ、間もなく俺たちを襲う害がやって来るぞ」などと話し、「ダイコンさん、その害を防ぐにはどうしたらいいのかね」とジャガイモが応じ、他のゴボウやネギたちも、「そうだ、そうだよ、ダイコンさん、その害を防ぐ方法を教えてくれよ」などという話し合いができたら、どんなにわれわれ人間の生きる世界が広がりと深みを持つことでしょう。

このことを細井平洲先生に話せば、先生はおそらく、「童門よ、面白いことを考えるな、しかし大いに賛成だよ。わしもそういう野菜たちが話し合うような畠があちこちにできれば、農民もさらに農業が楽しくなって仕方がないと思うよ」と言ってくださると思っています。これは心からそう信じています。ですから、JAの幹部職員に向かって、「あってほしい農業技術の進化、またそうあるべき農業技術の開発」の進行方向だと言っています。それは同時に、「そういうことを可能にする農民の心の広がり」を意味します。ぼくはこういうことにも、複雑な状況下に置かれた日本の農業に携わる人たちのいわば、「意識改革の一つ」だと思っています。目前の危機克服ももちろん大切ですが、しかし、「遠い将来に持つ夢」も必要だからです。これこそまさに芭蕉にいう、「不易流行」の実例なのです。「不易と流行」という二つの現象は、何も俳句だけではなく、どんな分野にも応用できる考え方だと思います。

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページに問題点はありましたか?(複数回答可)

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 平洲記念館
〒476-0003 愛知県東海市荒尾町蜂ケ尻67番地
電話番号:052-604-4141
ファクス番号:052-604-4141
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。