平洲塾154 素朴な疑問 その1 マイクがない講話になぜ?

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ページ番号1004545  更新日 2023年2月20日

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私は今JA全中(全国農業協同組合中央会)の幹部養成研修“経営マスター・コース"の塾長を務めています。もう20年ぐらい経つでしょう。
年に2回入学式と卒業式の時に“塾長講演"を行ないます。その度に私は、細井平洲先生の“両国橋における講話"や、前回まで書いていた尾張藩の“廻村講話"のことを思い出します。
理由はごく素朴〈そぼく〉なことです。
私が50人ほどの塾生を前に、講話を行なう時には、司会者がまず私の略歴等を告げます。その時にマイクを使います。私もまた講話をする時にはマイクを使います。拡声器によってそのマイクからの声が拡大され、会場に行き渡ります。会場には塾生だけでなく、付き添って来た所属のJA(地域の協同組合)の人や、あるいは今後講義をしてくださる諸先生がおられるからです。
私が細井平洲先生のことを思い出すのは、

  • 平洲先生の頃(江戸時代)には、マイクも拡声器も無い。
  • 数十人、数百人といわれる先生の聴衆たちは、どのようにして先生の肉声に接したのだろうか。
  • しかも、先生の講話が終わった後には、聴いていた人々がみんな涙を流したと伝えられる。この感動はどうして得られたのか?

そういう単純極まりない疑問が、いつも頭の中にあるからです。
随分考えました。こういう通信機器の無い時代に、話し手と聴き手の関係が、太い綱で結ばれ、しかも聴いた方がすべて感動するという現象は、もちろん平洲先生の話の内容に、「優しく・わかり易く・また日本人の美しい心の話」が多かったということは言うまでもありません。
しかしそれだけで、通信機器の不足をカバーできません。物理的な意味では、平洲先生の話を聴きに来た人々の中でも、後方にいた人には、先生の声が届かなかったと思います。つまり、どんなに平洲先生がいい話をなさっても、聞こえないのです。にもかかわらず、そこにいた聴衆はすべて感動で涙を浮かべたと伝えられています。これはなぜでしょうか? 私はいつもそんな疑問を持ち続けました。平洲先生の話し方や、内容に疑問を持ったわけではありません。そうではなく、「物理的に、伝わるはずのない声をどうして聴き、話の内容を理解して感動したのか」ということなのです。
ずっと前に、全国市長会から呼ばれて集まった市長さんに話をしたことがあります。話が終わって質問の時間になると、ある市長さんがこんな問いかけをなさいました。
「わたしは最近市長になったばかりです。自分には市政に対する理想や計画がありますが、そういう話をしても、果たして市職員全員が理解したかどうかを疑問に思っています。わたしの考えを職員全員に行き渡らせるためにいい方法がありましたら教えてください」
難しい質問です。でも、私の方が自治体行政に長い年月携わって来たと思いますので、経験を話しました。それは、

  • いきなり、市職員全員にトップの考え方を行き渡らせることはできません。
  • 数百人の職員がいるのなら、そのうち5人でも10人でも市長の話に感動し、共感し、その線に沿って自分は一所懸命市民のための仕事をしていこう、と考える職員がいるならば、その時の市長の催し(講演会や訓示の集まり)は成功したと言えます。
  • なぜなら、その5人か10人の職員が、自分の職場に帰って拡散作用を行なうからです。
  • つまり、自分が感じたことを、そのまま市長からの伝え手として、職場の職員たちに告げるからです。
  • 今のように、価値観が分化している時代には、多くの人の賛同を得る方法はこれ以外ないと思います。
  • ですから、市長さんのお考えを、まず周囲の何人かの人々に理解させ、その拡散努力に期待するのが一番いい方法だと思います。

と、話しました。そして私は、「今日の私の話も、ここにお集まりの市長さん全部に賛同を得られたとは思っておりません。2人か3人の市長さんが、なるほどそうかなと頷いてくだされば、それで満足なのです」と告げました。市長さんたちは爆笑しました。私の言葉が当たっていたからだと思います。

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