平洲塾159　平洲先生的2冊の本(1)

私が知人にすすめる本

前回の「不易と流行」という考え方を「わたしがすすめる本」に適用すれば、「今、どんな本を読めばいいですか?」と尋ねる人には必ず、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎・岩波文庫)と『木を植えた男』(ジャン・ジオノ作、フレデリック・バック絵、寺岡㐮訳、あすなろ書房)をすすめます。どんな時代になってもこの2冊の本は、読む人に必ず何かをもたらしてくれると信じているからです。

わたしは本好きです。1日に、何回か書店に行かなと気が済みません。いってみれば、「活字に飢えた男」なのです。

ですから、本の香りを嗅〈か〉いでいれば、その日1日の気分が良くなります。その時、買うか買わないかは別問題です。本屋さんにとってははなはだ迷惑な客かも知れません。一種の病気でしょう。その活字に飢えた私が2冊の本に巡りあいました。

『セーヌ川の書店主』(ニーナ・ゲオルゲ著、遠山明子訳、集英社)と、『樹木たちの知られざる生活』(ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川圭訳、ハヤカワ文庫)です。

「そんな外国の本が、なぜ平洲先生と関わりがあるのだ?」とお尋ねになるでしょう。もちろん、時代も違いますし生活感覚も違う外国の著者が書いた本です。しかし、この2冊を読んでわたしは、「今どんな本を読めばよいでしょうか?」と平洲先生にお尋ねすれば、きっとこの2を薦〈すす〉めて下さるような気がするからです。今回はその理由を書きます。

『セーヌ川の書店主』は、発想に目を見張りました。セーヌ川というのは、言うまでもなくフランスのパリを流れる川です。この本の主人公は、その川に一艘の船を舫〈もや〉っています。ただ、舫っているのではなく、船の中にたくさんの本を並べています。本屋さんなのです。しかしこの本屋さん(書店主)は、大変な物知りです。学者でもあります。そして単に行きずりの人が本を買うことを拒〈こば〉む訳ではありませんが、「今、私はこういうことで悩んでいます。その悩みに答えてくれるような本があったら教えてください」と、真剣に相談する人がいれば、この書店主はすぐ、「それは、ナニナニという人が書いたナニナニという本がいいと思います」といって、船の中に入りその本を探して、尋ねた人に渡します。本を渡された人は、パラパラとページをめくってたちまち目を輝かせます。

「そうです!　こういう考え方に私は巡りあいたかったのです。ありがとう」と言って、本を買い求め書店主にお金を払います。中にはもちろん、ページをめくっても、「私の求める文章ではありません。お返しします」と言って、本を返す人もいます。書店主は拘〈こだわ〉りません。

「あなたのお悩みは、その本では解決しないのですね。残念でした」と言って、本を船の中の棚に戻します。基本的には、そういう暮らしをしている人です。

川を走る書店

しかしこの書店主は、書店主なりに、「自分の生きる場所」を求め続けています。ある日、その気持ちが高まって、ついに艫綱〈ともづな〉を解きます。セーヌ川を辿〈たど〉り、ローヌ川に入ったり地中海に行ったりして、水上の旅を続けます。しかし、本の販売は続けます。つまりパリのセーヌ川の畔〈ほとり〉に船を繋〈つな〉いで、いわば、「水上に浮かぶ書店」の経営を続けるのです。

「なぜ、平洲先生に結びつけるのか?」という問い掛けに答えれば、この書店主の生き方がそのまま平洲先生にも通ずるのではないかと思うからです。言ってみれば平洲先生も、「自分が学んで得た知識や考え方を、後進の人々に分け与える生き方」を続けられたのだと思っているからです。言ってみれば、書店主と同じように平洲先生もその生き方は“流動的"であって、“固定的"ではありません。一か所に根を張り、訪ねて来る後進にいろいろ教えをもたらす、というタイプの学者さんではありませんでした。むしろ積極的に、「悩む人や苦しむ人」を見つけて、即応できるような答えをすぐ与えてくれたのが平洲先生だと私は思っています。本の書店主の生き方が“流動的"であったように、平洲先生も私たちから見れば、「川の畔〈ほとり〉に船を繋〈つな〉いで、船中の棚に並べてある数々の本から、悩んだり苦しんだりしている私たちに、的確な知恵を与えてくださる存在」だと思っています。

(つづく)