平洲塾138 各地の美しい心の結晶 棒杭の商いは市民交流の極点(2)
西から来た商人たちが米沢の商人から教えられたのは、米沢藩の殿様・上杉鷹山の改革のことや、あるいはそれを支持した酒田の商人本間〈ほんま〉様の話などでしょう。そして、上杉鷹山の改革の底には、東海市出身の細井平洲先生の力が大きく働いていたことなどを知ります。
特に細井先生がつくった「興譲館〈こうじょうかん〉」という藩校が、「武士だけでなく一般人や商人も、その子弟も学ぶことができる」ということにはみんなびっくりします。興譲というのは、「自分のモノを他に差し出す事」という、教えにもびっくりします。
“棒杭の商い"というのは、棒杭が人間の代わりをすることです。自分の下に並べた品物を、自分(くい)に貼り付けられた値段表を見て、買う人は正確にその代金をザルの中に入れて行きます。一文〈いちもん〉もごまかす人はいません。ですから、あとで商人が代金の回収に来て、持ち去られた品物と代金の額を調べてみても、一文の狂いもないのです。これが、「米沢の棒杭の商いは美談だ」と言われる所以〈ゆえん〉なのです。
しかし考えてみれば、そういう美談の起源はやはり興譲館の校名である“興譲"の精神に基づくことがよくわかります。ということは、平洲先生の教えが米沢で生きて住民たちに活用されたということなのです。それだけではなく、他国からやって来た商人たちも、自分たちの流動力を生かして、これを他国でも吹聴します。聞いた人たちはみんな感動します。こうして米沢地域で起った“棒杭の商い"という美事が、日本諸国に伝わって行くのです。
ぼくは今政府が主導している“地方創生"という課題も、こういうような地域地域で起っている“人間の美しい行ない"を、もう一度探し直し、他へ情報として発信することが、まずその地域に自信を与えることではないかと思っています。
それには、上から見下す目線では駄目なので、やはり地べたを這〈は〉いずり回っている弱い人や、苦しい人々と同じ立場に立つことが大事だと思います。米沢で起った“棒杭の商い"と同じことが、今の日本の各地で起こることは決して、「過去へ立ち戻る事」ではありません。むしろ、「今の様な状況の日本で、作り出された美しい人間行為」と言えるのではないでしょうか。ぼくは歴史を扱っていますが、「状況が全く違う現代で、歴史が何の役に立つのだ?」と訊〈き〉かれることがよくあります。ぼくは、「新幹線もAIも無い世の中だからこそ、昔の人は目一杯頭脳を使いました。つまり人間の知恵です。その知恵を探って、今に活用することがぼくの歴史に対する態度なのです」と答えることにしています。
より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。
このページに関するお問い合わせ
教育委員会 平洲記念館
〒476-0003 愛知県東海市荒尾町蜂ケ尻67番地
電話番号:052-604-4141
ファクス番号:052-604-4141
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。