平洲塾129「金貸し商人に教えられる(2)」

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ページ番号1004571  更新日 2023年2月20日

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金貸し商人に教えられる(2)

気骨人本間光丘

この頃の本間家の主人は光丘〈みつおか〉といいます。学問の深い人物でした。米沢からやってきた竹俣〈たけのまた〉という家老を中に通し会いました。竹俣はいつもの態度を捨てずに、大雑把〈おおざっぱ〉に米沢藩の財政事情を話し、「そこで、お主〈ぬし〉に金を貸してもらいたい」と言いました。本間光丘は商人ですが、こういう武士は今までたくさん見てきています。そして胸の中では、(金を借りるのに、何という威張った態度をとるのだろうか)と思いますが、今まで経験があるので怒りはしません。ただこう言いました。

「わたくし共は、お金を貸すのが商売ですからお話によっては御用立ていたします。しかし、お貸しした金は一体どういう返済方法をとってくださるのでしょうか。それを含んだ、米沢藩の財政計画はどのようなものでしょうか?」と訊〈き〉きました。竹俣はちょっとびっくりしました。家老の自分がわざわざ米沢から出掛けて来たのだから、一も二もなく商人である本間家では、こちらの要望を鵜呑〈うの〉みにすると思って来たからです。ちょっと意外でした。そこで、「そんな細かいことは、わしは知らない。下の者に任せてある」と答えました。すると光丘は、「御家老様のおっしゃるその細かいことを私共はまず知りたいのです。是非ご計画をお話しください。商人の事でございますから、遊んでいる金はそれほどございません。やはりお返し願う計画をしっかりと伺ってから御用立てしたいと思います」

「だから申しておる。そういう細かいことは家老のわしは下の者に任せてあるので、わからぬ。本間殿、上杉家の家老がわざわざ出掛けて来たのだ。わしの顔を立てて、是非用立ててくれ」と、今度は自分の家老という職をひけらかして、面目を立てろという高級武士特有の論理を持ち出したのです。光丘はそれを聞いても顔色を変えません。こう応じます。

「金融のお話は、顔を立てるとか立てないとかの問題ではございません。もっと実務的なもので、どうか藩の財政再建計画の内容と、その中で御用立てしたお金がいつまでにお返しくださるのか、そういうことを伺いたいのです」

家老の面目より再建計画を

竹俣はちょっとむっとしました。そこで、「先ほどから何度も申す通り、わしは上杉家の家老だ。家老がわざわざ米沢から馬に乗ってここまでやって来たのだ。それを考慮して、是非用立ててもらいたい。手ぶらで戻っては、わしの面目が立たぬ」

「御家老様のお立場はよくわかります。しかし私共としては、何度も申し上げる通り返済計画がはっきりしないままでは、とても御用立てすることはできないのです」

「そのことはわしが何度もいうとおり、下の者に任せているのでわしは全く知らぬのだ」

「御家老様」

光丘は急に姿勢を正してこう言いました。

「お話に何度も下の者下の者とおっしゃいますが、わたくしの方では仕事にお詳〈くわ〉しいその下の者という方にお目にかかった方が、こうして御家老様とお話をしているよりも遥かに役に立つと思います。どうか、御家老様のおっしゃるその下の者をこちらにお差し向け願えないでしょうか」

「?」

竹俣はしみじみと光丘の顔を見詰めました。ようやく光丘が何を求めているかがはっきり分かったからです。光丘にとって、体面ばかり重んずる重役よりも、実務に明るい下の者の方がはるかに仕事を進める上において役に立つからです。竹俣もバカではありません。

(そうか、本間光丘というのはそういう人物だったのか)と気がつきました。自分の思い込みが光丘からすれば、見当はずれな体面であり、また交渉に役立たないということを知ったのです。いってみれば、竹俣が今まで江戸で相手にした商人とは全くタイプが違うのです。そして光丘は決して家老などというポストにいたずらに遜〈へりくだ〉ったり、下手〈したて〉に出るような人物ではありませんでした。あくまでも自分の業務を信じ、しかも、「これが正しい」と思う方法を貫き通す信念の人だったのです。竹俣も人物ですからこの途端深く反省しました。そこで、「本間殿、わしが間違っていた。家老という立場をひけらかせば、すぐ恐れ入って金を貸してくれると思い込んで来た。誤りだ。おぬしは立派だ。自分の考えることを武士のわしに堂々と述べて、貫き通す。わしたちが学ばなければいけないことだ。わかった。城に戻って、実務に明るい者を寄越す。その者に十分不明な点を尋ねて、納得出来たら是非用立ててもらいたい」と全面譲歩した言い方をしました。光丘はニッコリ笑いました。

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