平洲塾122「自然から、とくに木から学ぶ」
自然から、とくに木から学ぶ
東京の赤坂(港区)に"紀尾井坂〈きおいざか〉"という地域があります。江戸時代に三つの大名の屋敷があったために名づけられたものです。「紀」は紀伊〈きい〉(和歌山県)、「尾」は尾張〈おわり〉(愛知県)、「井」は井伊家〈いいけ〉(滋賀県彦根市)をいいます。紀伊と尾張はいわゆる"徳川御三家"のうちの二家であり、井伊家はいうまでもなく徳川幕府の大老を務めた、徳川きっての譜代大名です。この三大名の屋敷が隣り合っていたために、脇を通る坂の名を"紀尾井坂"と名づけたのです。
当時のこの地帯は、溜池〈ためいけ〉があって、その周囲は鬱蒼〈うっそう〉たる大森林でした。今でもその名残〈なごり〉がありますが、当時の人口は今とは比較になりませんから、昼でも重みを感ずるような森林地帯だったでしょう。
その中にある紀州藩邸に、平洲先生はしばしば呼ばれました。当主の治貞〈はるさだ〉から侍講〈じこう〉として講義を頼まれていたので、月に何回か日を決めて通っていたのです。この頃の平洲先生の作物〈さくぶつ〉(作品)に漢詩が多く、しかも紀州藩邸の庭を称〈たた〉え、特に植え込まれた(あるいは屋敷を造る前から生えていた)古木について、いろいろな思いを詠〈よ〉み込んでいます。これはおそらく、平洲先生が「自分以外の存在から何かを学ぶ」という謙虚な態度の現れです。つまり、平洲先生は人間だけではなく「自然からも学ぶ」という気持ちを持っておられ、その中でも「とくに木から学ぶ」という気持ちを持っておられたのでしょう。
木というのは不思議な存在です。物は言いません。しかし気味が悪いくらい、その沈黙には重いものがあります。それは、木には古木が多く、人間の生命よりもはるかに長い年月をこの社会で生き抜いてきたからです。木にも、落葉樹とそうでないものがあります。ぼくは落葉樹について、いろいろな思いを持ちます。たとえば武田信玄は、「川を治めるには山を治めなければならない(治山治水)」といいました。これは今でも当てはまる言葉です。つまり山を治めるということは、「落葉樹もそうでない木も植える」ということです。信玄はさらにこのことを、「天理に従って木を育てることが大切だ」と考えていました。天の理に従って木を育てるということは、落葉樹もそうでない木も自然に任せて植えて育てる、ということです。日本では戦後、材木が不足したために、杉の木ばかり植え込みました。しかし杉は落葉樹ではありません。また、東京などの大都市では春になると公害的な花粉を飛ばして、多くの人を苦しめています。一時期、ある知事が、「東京の都心を囲む地帯に生えている杉の木を全部切り払おう」などと提言したことがありました。実行はされませんでしたが、それくらい、一時期誰もかれもが植えていた杉の木を、今では迷惑がる風潮が生まれてしまったのです。
しかし、信玄が言うように、「山には落葉樹とそうでない木の両方を植えることが大切だ。それが山を治めるということだ」という言葉は当たっています。落葉樹は、その性格として雨などの水分をよく吸い込みます。これによって、山全体の水分が多くなります。今、地球の温度が高く、特に日本ではあちこちで38度から40度ぐらいの高い温度が生じています。その時に注意されるのは、「冷房を適時使い、さらにこまめに水分を摂〈と〉る」ということです。水分を摂るというのは水を飲むことでしょう。だから、人間は水分を保っていないと、やがては"脱水状況"になり、酷〈すご〉く苦しみます。ぼくにもその経験があります。ですからこの「こまめに水分を摂る」という注意は、うるさいなと思いながらもしっかりと守っています。二度とあの脱水状況の苦しみを味わうことは真っ平だからです。
落葉樹は、秋になると葉を落とします。しかし考えてみれば、木の葉は今年の春に生まれたものです。その木にとっては自分の子どもです。それが、わずかな生命で秋になると散ってしまうのです。葉が散るということは、葉が死ぬということです。それをじっと見ている親である木はどういう気持ちがするでしょうか。平洲先生はおそらくそんな感じも持ったのではないでしょうか。人間にない天の理に従う木の宿命というか、運命というか特に散って行く葉を見る親である木の悲しみは、例え様がないものがあるでしょう。まして、自分(木曜日)の足元に散った葉は、そのまま腐食し、やがては土に溶け込みます。そしてもっと胸を打たれるのは、土に溶け込んだ自分の子である葉が、今度は自分を養う肥料となって機能するのです。
つまり、「親が子に育てられる」のです。 (つづく)
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