平洲塾124「50歳から定年までどう生きるか」

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ページ番号1004576  更新日 2023年2月20日

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50歳から定年までどう生きるか

前回からの続きです。

市民の心に木を植える試みとイベント(デザイン博)との関係について、助役(副市長)の西尾武喜〈たけよし〉さんはこう答えました。

「例えば今日、あなたとお会いするために、わたしはネクタイを選ぶのに大変苦労をしました。つまり、あなたのような歴史小説をお書きになる方には、どういうネクタイなら違和感をなくわたくしとお話をしてくださるか、随分迷ったからです。妻と相談して、今日はこういうネクタイをしてきました。いかがですか?」

西尾さんはそう言って、背広の間からネクタイを引き出してことさらにぼくに見せつけました。ぼくはあまりネクタイに関心がありませんが、品のいい地味なネクタイでした。そこで、「よくお似合いですよ」と答えました。すると西尾さんはにっこり笑って、「そこですよ。それがこのデザイン博の目的なのです」

「申しわけありません。頭が悪くてまだよくわかりませんが」

「つまり、相手の気持ちを尊重するということです。変なネクタイをして、相手に不快な思いをさせるのならそれは相手に対する心遣いでもなんでもありません。しかし、あなたが気に入ってくださったこのネクタイに決めるまでに、わたしは自分の持っているネクタイをほとんど並べてみてその中からどんなものを首にさげれば、あなたの気に入っていただけるかということを必死に考えました。名古屋の市民同士が、そういう優しさと思いやりを互いに持つことが、つまり市長の求める"市民一人ひとりが心に木を植える"ということなのです。今度のデザイン博はそういう目的で開きます」

ぼくは納得しました。

その後西尾さんは、市長になりました。ぼくのところに依頼状をよこして、「50歳になった職員の研修をしてください」という内容でした。50歳になった職員というのは、職位に関係ありません。局長も部長も課長も係長も平も、そして給食のおばさんも、清掃職員もすべて入ります。つまり、「仕事の内容はともかく、とにかく50歳になったら、定年までのあと10年を過ごすのにどういう心構えが必要か」ということがテーマなのです。西尾さんらしい意図でした。しかし頼まれたぼくにすれば非常に難しいテーマです。本当なら、「そんなことは、一人ひとりが自分で考えるべき問題ではないのか」と突っ放すこともできます。しかしそれではあまりにも無責任です。同時に、ぼくを指名してそういうテーマで研修をしてくれという西尾市長の思いが、ひしひしと伝わってきます。

ぼくは、(まるで、平洲先生が立たされた立場のようだ)と感じました。そのことはとりもなおさず、「平洲先生だったら、このときどういう研修の仕方をするだろうか」ということでもありました。ぼくはこのテーマに必死に取り組みました。

「50歳過ぎた地方公務員が、あとの10年をどういう気持ちで過ごせばよいのか」ということは、なかなか難しい問題です。それに、50歳という年齢によって区切っているので、職位からいえば、局長から平、さらに現場の作業員まで含まれているという聴講者の構成です。そうなると、「職位を超えたある共通事項を考え方の団子を結ぶ一本の串として提起しなければならない」ということが大きな問題になります。つまり、「局長さんはこう生きなさい・部長さんはこう生きなさい・課長さんはこう生きなさい・係長さんはこう生きなさい。平職員はこう生きなさい・現場の作業をする人はこう生きてください」などと、職位による区分はできません。ぼくも東京都庁で一応は平から局長までの職位をたどりましたが、そんな経験はあまり役に立ちません。もっと、「ヒューマンな、誰にでも通用するようなキー(鍵)」が必要なのです。改めてぼくは平洲先生のお書きになったものや、あるいは平洲先生が学んだ「論語」や「孟子」などの、古代中国のいわば教養の書を読み直しました。特に、「あらゆる人間に通用するヒューマニズム」について、かなりしつこく掘り起こす努力を続けました。結局たどり着いたのが、「恕〈じょ〉」という一つの文字でした。この言葉を字引を引きますと、まず、「ゆるす」と書いてあります。しかし二行目には、「常に相手の立場に立ってものを考える、優しさと思いやり」と説明されています。ぼくは思わず、「これだ!」と感じました。
(つづく)

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