平洲塾104「平洲先生の血と肉」

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ページ番号1004597  更新日 2023年2月20日

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平洲先生の血と肉

吉田公平先生(東洋大学名誉教授)の、「平洲先生の話は、むずかしいことを、やさしくわかりやすく話すのでほかの学者のように1冊の本にしたり講義録にする必要はなかった」というご説明は、ぼくをうなずかせ、勇気づけて下さいました。

ぼくは、「平洲先生の論は岩波書店の『日本思想体系』にも入っていないと前提を告げたのですが、吉田先生は、「あの体系に収録されているのは、それぞれの思想家に主張したい特色があるので、その特色を主体として編まれているので」と説明されました。では平洲先生には特色がなにもないのでしょうか。

そうではありません。吉田先生のいわれるのは、おそらく、「特色そのものが平易化されている」ということだと思います。突飛な発想をすれば、キリスト教の行事に「聖体拝領」というのがあります。教会にきた信者に教会側でパンとブドウ酒を与えます。パンはキリストの肉体でありブドウ酒はキリストの血です。パンと血を食べ飲むということは、キリストの肉体と信者が一体化するということです。信者がそのままキリストと同化するということでしょう。キリストの愛はそれほど平等であり、深く広いということでしょう。

平洲先生をキリストにたとえるのは当を得ないかもしれませんが、ぼくは平洲先生の話(座談・講義など)にもそれを感じるのです。

つまり平洲先生の話は、きいた側がきくそばから自分の血や肉として消化してしまうので、あとになにも残らない、ということなのです。これは平洲先生が、

  • すべてきき手に自分を差し出そう。
  • 自分の手もとにはなにも残らなくてもいい。

という"他人のよし"の精神に徹していたので、高邁な自己放棄の精神に徹していたからだと思います。卑俗な言葉を使えば、「自分は他人に骨まで食べられてしまってもいい」という底しれぬ人間愛なのです。同時代の学者には、

  • 学者として名を残したい。
  • それには本を書くのが一番効果的だ。
  • その本も、多くの人、とくに同業者である学者の目をみはらせるような考えを示すことが必要だ。

などと考えます。すべて学者の動機がそうだとは思いませんが、もしそんな考えをしたとしたら、それは"私"です。つまり"自分"を主体に組み立てた欲望です。多くの人、それもむずかしい理屈や文章などは理解できない、いわゆる庶民といわれる人びとへのサービス精神とは全く縁遠いものです。そのイミで平洲先生にははじめから、そういう"私"への欲望とこだわりというものはまったくありません。

とにもかくにも"誰かさんの役に立ちたい""誰かさんをよろこばせたい"というきもちで一貫していました。誰かさんというのは庶民です。むずかしい字もよめず、まなぶ時間も得られない、日々の生活に追われる人びとです。

平洲先生がそういうきもちをもったのは、古代中国の教典「大学」に書かれた「譲〈じょう〉」という徳でしょう。大体、「大学」という本はそれほど厚い本ではありません。1800字足らずの分量です。400字詰めの原稿用紙で5枚弱の短いものです。二宮金次郎もこの本を熟読し「推譲〈すいじょう〉」という言葉に発展させますが、ぼくはこの言葉を「さし出す」と解釈しています。平洲先生も同じです。というより平洲先生の"譲の精神"を、二宮金次郎が自分の考えにとりいれたのだろう、とぼくは考えています。つまり二宮金次郎は平洲先生の肉体を食べ血を飲んで、それを自分なりに消化したのだと思っています。

この「譲」のよりどころも、ぼくは孟子の"忍びざるの心"においています。孟子の"忍びざるの心"とは、この世(社会)でくるしんでいる人や悲しんでいる人を、そのままにしておけない、つまり"見るに忍びない心"をいいます。それもただ見ていられないのではなく、"なんとかしてあげたい"と、救助のためにとび出していく衝動のことをいいます。孟子は「こういう心は誰もがもっている」といいました。そのために、「孟子は性善説だ」といわれるのです。

平洲先生も性善説だと思います。極力人間の悪いところには目をむけず、よいところだけに着目して、お互いに"忍びざるの心"を育て合おう、としたのだと思います。

孟子はこの"忍びざるの心"を「恒心〈こうしん〉」と名づけました。「人間がつねにもつべき心」ということでしょうか。しかし孟子は、「恒産〈こうさん〉なくして恒心なし」といいきりました。恒産というのは、ふつうは「あるていどの収入や財産」のことです。ですから「生活にゆとりがなければ、忍びざるの心なんてとてももてない。もてというほうがむりだ」ということでしょう。

平洲先生はそのとおりだと考えます。ですから上杉鷹山をはじめ先生が指導した相手には、「そういう状況をつくり条件を整備するのが政治家の責任なのだ」と告げるのです。改革というのは、この状況と条件の整備のことだと思います。

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