平洲塾102「団子をつらぬく串さがし」

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ページ番号1004599  更新日 2023年2月20日

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団子〈だんご〉をつらぬく串〈くし〉さがし

注文の多い講演依頼

山形県土地改良団体から講演の依頼がありました。テーマは「歴史にみる山形県の農業」ですが、扱う人物としては西郷隆盛と、西郷と上杉鷹山(山形県米沢藩主)に影響を与えた細井平洲先生の事績をくわしく、という希望でした。そしてできれば戦国時代に活躍した最上義光〈もがみ・よしあき〉の農業政策の中で治水に触れてほしい、ということです。盛り沢山で悪い言葉を使えば欲ばりな注文です。

しかしぼくはこういう依頼を前むきにうけとめます。おそらく平洲先生も嚶鳴塾の門人たちから、あるいは指導する大名家からの依頼は多様であり、かんたんにひとくくりできるような内容ではなかったでしょう。鎌倉時代に出現した法然というお坊さんは、「エラく(社会的に)なるほどひくい所に身をおけ」といいました。ひくい所の極限は谷底でしょう。諸所の崖から滝が落ちてきます。法然は「その一滴一滴が民の苦悩であり悲しみなのだ。自分はそれをうけとめる」と告げました。あらゆる方向から水しぶきを立てて流れおちてくる滝の水滴を、確実にうけとめ、それへの対応法を示すことは容易ではありません。ふつうの人間にはとてもできません。その困難なしごとを避けることなく、積極的にチャレンジしていくところに、すぐれた宗教家の勇気とヒューマニズムがあるのだと思います。

平洲先生はまさにそういう存在でした。法然の考えは古代中国の思想家老子にも通ずるところがあります。平洲先生も朱子学者ですから、当然老子のことをしっています。ですから先生ははじめから、「谷底に身をおいて、落ちてくる滝のしずくを避けずにうけとめよう」という態度をつらぬいておられました。

そこでぼくは注文の多いこの日の講演をどのように話すか、を考えました。つまり、「話のプロット(構成)」です。相手からの注文をひとつひとつ独立させて短篇化し、「これはこうです。つぎはこうです」と、まるでお団子のように並べても能がありません。能がないというのは、それではきき手のほうになんのインパクト(ショックや影響)も与えません。ひとつの項目ごとに「ああそうか」といううすい印象をもつだけです。話す以上は60分なり90分の話も、できるだけひとつにまとめて、つよい印象をうけてもらう必要があります。そうなると、注文された個別の事柄をひとつにまとめ、その底をつらぬく基調音のようなものが必要になります。伏流水です。あるいは個々のお団子をつらぬく串といっていいでしょう。

平洲先生に「串」のつくりかたをきく

講演のたびにぼくはこのことで苦労します。つまり、「どういう串(テーマ)で、きょうは話せばよいか」ということです。そして実をいえば苦しみますが、いやではありません。逆にうれしいのです。マゾではありません。“苦しむことがうれしい"のです。それはこういう時は必ず平洲先生の『嚶鳴館遺草』や先生の事蹟録を読みかえして、その中から「串」を発見しようと努力するからです。この努力がぼくの知識をふやし、生きる力を増量してくれるのです。というのはぼく自身、先生の考えやおこないをまだ完全に消化しているわけではないからです。『遺草』についても大切なところやぼくの好きなところには赤線を引いてありますが、だからといって全文をマスターしているわけではありません。ですから読むたびに新しい発見があるのです。谷底でじっと滝のしずくをうけとめる平洲先生には、そういう全方位対応・無限の対応法の披瀝が可能なのです。これが先生の素晴らしさでしょうね。

ぼくもぼくなりに努力しました。先生の教えを乞う前に、主催者のほうに「串」をつくるヒントのようなものがないだろうか、と探索しました。ありました。この団体は“みどり運動"を展開しています。水と土と緑を大切にしようという呼びかけです。別なことばを使えば「日本の国土を大切にしよう」ということです。ぼくは思わず、これだ! と思いました。すぐ先生の「復興の原資は人と土以外にない(ぼくなりの意訳)」という、『遺草』の一文を思い出したからです。『遺草』で先生が「土」といっておられるのは土だけではないでしょう。農作物などの新しい生命を生むための、水・光(陽光)・空気などをいっさい含めての集合代名詞だと思います。水と光と空気にそういうパワーがあるのには当然そうさせる背後の力があるはずです。ぼくは平洲先生が「それはそれぞれの“徳"だよ」とおっしゃっているように思えました。水の徳・光の徳・空気の徳・そして土の徳など、それぞれの徳が足し算ではなく掛け算をおこなって相乗効果を起こし、いわゆる“自然のめぐみ"になっているのです。

「よし、これでいこう」とぼくは心を決めました。
(つづく)

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