平洲塾103「下田歌子賞の発表会で」
下田歌子賞の発表会で
前回で、細井平洲先生がたとえば谷底に座っていて、落ちてくる滝の一粒一粒(社会的な問題)を受けたときに、それらの滴〈しずく〉を団子〈だんご〉と考え、団子をいくつも並べてその中にさす串をいったいなんだと考えておられたのか、という設定をしました。そしてぼくは、「それは徳ではなかろうか」と、自分に答えました。このとき「串は徳だ」と書いたのは、その徳をよくこの欄でも使う「恕〈じょ〉の精神」と考えていたからです。恕の精神はそのまま孟子〈もうし〉のいう"忍びざるの心"にリンクすることは、もうみなさんは耳にタコができるほどぼくから語られているはずです。
この先月のつづきを書こうと思っていた矢先に、細井平洲先生の名が出る興味深い行事に会いました。岐阜県恵那市主催の「下田歌子賞」の発表会です。この賞は、まだ恵那市に合併される前から岩村町が実施したもので合併後も可知義明市長さんが、いよいよ熱を入れてつづけてくださっている行事です。あるテーマを設けて、岩村の生んだ偉大な女性教育者下田歌子先生を顕彰しようという試みです。東海市が細井平洲先生を顕彰しつづけているのとおなじことです。今年のテーマは「ふるさと」というもので、このテーマで小学生・中高生・一般から作品を募集して、優秀な作品を選ぶということです。審査員は、主催者の代表と、東海市にもお馴染みの深い吉田公平先生(東洋大学名誉教授)と山内純子先生(元全日空取締役客室本部長)とぼくを加えた3人でおこなっています。一応、年齢がいちばん上なのでぼくがその代表を務めています。今年もたくさんの作品が集まりましたが、このことは一応別にして、最後に面白いイベントがありました。それは審査員3人を壇上において、パネル・ディスカッションをおこなったことです。しかしディスカッションのテーマは、会場から出される質問に対して答えるという形式がとられました。細かいことは略しますが、最後の質問に「三人の審査員が、いちばん信頼している先人を教えてください」というのがありました。まず山内純子先生は、ぼくへの配慮もあったのでしょうか「上杉鷹山〈うえすぎ・ようざん〉」の名を挙げられました。吉田公平先生は「中江藤樹〈なかえ・とうじゅ〉です」、とご専門の陽明学との関連で、近江聖人といわれた江戸時代初期の学者さんの名を挙げられました。そこでぼくですが、ぼくは山内先生が挙げてくださった上杉鷹山の教育面を担当した細井平洲先生を挙げました。先生の名を挙げる以上、「それでは、なぜ細井平洲先生なのか」ということを、質問した生徒に説明しなければなりません。これは、予備的な準備があって、すでに答えが頭の中に構成されているというものではありません。その場で、その理由を考えなければならないのです。ぼくはこれにチャレンジしました。そしてこのチャレンジがまた新しい、「平洲先生への解釈」を発見したのです。ふつういわれているのは、平洲先生が江戸時代のアカデミズムから離れて、もっと庶民的な学説をわかり易く伝えていたと、いうことがあげられます。そのことを実証するために、平洲先生が両国橋のたもとに出かけていって、ほかの芸能人(落語・漫才・講談・手品・ガマの油売りなど)に混じって、自分の考えを庶民に語りかけた、ということも話しました。そしてこのとき急に思いついたのが、日曜の夕方にあるテレビ局が放送をしている「笑点」のことです。ぼくは、「ですから平洲先生は、いってみればいまの"笑点"に参加しているといってもいいでしょう。ただし、その答えはわかり易くてもきちんと筋が通ったもので、きく人びとを納得させるものでした」と話しました。そしてこのとき、思いがけずお隣の吉田公平先生が強力な助け船を出してくださいました。吉田先生はこう話されました。その内容は、ぼくが、「細井平洲先生は、江戸時代のアカデミズムから離れた次元で活動なさっていたので、現在のたとえば岩波書店で発行している日本思想体系のような全集の中にも、入っていません」といったことについてです。吉田先生は、
- 岩波の「思想体系」は、「その学者が信ずる特別な考え方をピックアップして編んだものなので、その意味では、平洲先生には特別な考えというのがなかったからです」
とおっしゃった上で、その理由は、
- 平洲先生の教えは、常にやさしくわかり易かったので、特別な考えをつけ加える必要はありませんでした。
- ですから、平洲先生の教えが学説として際立った論文にまとまるようなものではなかったのです。
といってくださったことです。ぼくがいいたかったのをまったくおなじことでした。つまり、「わかり易くてやさしい話」というのは、低俗だという意味ではありません。場合によってはほかの「学者の高級な説」よりももっと深い内容を持っているかもしれません。しかししばしばその深い内容は、難しい言葉で語られます。平洲先生は、そういう次元にはまったく目を向けませんでした。 (つづく)
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