平洲塾68「土でつながるヒューマニズム 3」

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ページ番号1004635  更新日 2023年2月20日

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土でつながるヒューマニズム〈土の思想家たち〉 その3

細井平洲先生の教えに(ぼくなりに意訳します)、「非常な時の心がまえ」というのがあります。非常な時というのは、ふつう(ノーマル)でないことをいいます。それは単に状況だけではなく平洲先生がいいたかったのはおそらく、「心にも非常な時がある」ということだと思います。したがって、"非常な事態"に対応するためには、"非常な心がまえ"が必要だということでしょう。
現在一般的に"非常な事態"というのは主として財政面における現象をいいます。つまり"赤字財政"のことです。そうなったときに、「どうすればよいか」というのは、むかしもいまも変わりません。
平洲先生は生きていたころ、単に自分の学問を門人たちに教えるだけではありませんでした。平洲先生は、「自分の唱える学説は、実社会に役立たなければならない」と主張していました。したがって、ここに書いた"非常事態"に襲われた藩(大名家)の経営コンサルタント的な指導もしました。そのテキストが何回も引用する『嚶鳴館遺草〈おうめいかんいそう〉』ですが、このメモ集は読めば読むほど、いまの世の中にピッタリと当てはまり、同時にぼく自身がいままで"見落していた部分"も新たに発見できます。
去年起こった3月11日の東日本の大震災についても、今年は「復興のスケジュール」が組まれ、被災地を中心にして次々と復興事業が興されることでしょう。
そのとき平洲先生は、「復興の資源になるのは、人間と土以外ない」といわれました。これは、江戸時代の税制が米に偏〈かたよ〉っていて、米の獲れる量がそのまま「年貢〈ねんぐ〉」となって、幕府や藩に徴収されました。米は農作物ですからいうまでもなく土の状態や、あるいは天候の具合によってたくさん獲れたり獲れなかったりします。そのため藩によっても、条件に恵まれたところと恵まれないところがあります。しかし当時の藩主(大名)たちは、その状況に対して幕府に不平や不満を申し立てることはありませんでした。一種の宿命として甘受したのです。
ですから江戸時代に270ぐらいの大名家(いまの地方自治体)がありましたが、与えられた土地によっては、やはり年貢が多く取れたり取れなかったりしたと思います。
平洲先生は、すぐれた人間巧者で、人の心をよく理解する先生ではありましたが、この制度自体に対して異議を申し立てたり不平をいったりすることはありません。やはり「一種の天の運」として、それぞれの条件に応じて努力することを求めました。
幕府をひっくり返したり、反権力にすすんで抵抗するようなラジカルな説は唱えていません。つまり平洲先生は、「与えられた状況の中で、どういう心がまえをすれば危機を突破できるか」というタイプの学者でした。その意味では人によっては「平洲先生は精神主義者だ」という人もいると思います。とくに科学の発達したいまのような世の中に生きる若い人たちにとっては、場合によっては、「平洲先生の考えは古い」というだろうと思います。ぼくもこのことは否定しません。しかし去年の大震災を経験した人たちは、おそらくぼくとおなじような無常観と無力感に襲われたと思います。無常観というのは人間の能力の限界を悟ったということです。また宗教のありようにも考えをめぐらせたことです。無力感というのは、そういう起こった事態に対し人間の力にも限界があるということです。ぼくの場合は、東京にいながら被災地の人たちに対してなんにもしてあげられない、というもどかしさでした。
そして、前にも書いたようにぼくはこの状況の中に生きて、「結局は、いま自分がいる場所で、いま自分に与えられた仕事を精一杯やることだ。それが、被災地の人びとに対する一種のエールにもなる」と考えました。この考えを持ち進めていくうえで、いちばん力になったのがやはり平洲先生の『嚶鳴館遺草』の文章でした。『嚶鳴館遺草』は長い文章ですが、そのときそのときに、「いま、自分が必要としている言葉」というモノサシを当てて読み直しますと、紙の上から求める文字が突然立ち上がって読み手に向かってくることが多いのです。ぼくの場合もそうでした。今後おこなわれる復興の基盤をどこにおけばよいかということについて、平洲先生は何度も書きますが、「それは土と人間以外ない」といい切りました。そのうえで、

  • 但し、その土と人間を活用するうえにおいても、いままでとおなじ考え方をしていたのではダメだ。
  • 現在が"非常な時である"という認識を持って、土を活用する人間自身も"非常な心"を持たなければならない。

ということを示します。(つづく)

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