平洲塾60「TPPと平洲先生(上)」

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ページ番号1004644  更新日 2023年2月20日

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TPPと平洲先生(上)

東日本大震災が起こるまえ、「TPP(環太平洋連携協定)」が大きな課題になっていました。加入するかしないかが政治の大きなテーマでした。政府は加入の方向で議論を進めていましたが、かなり強い反対の層があります。農業関係者です。TPPはもともと加盟各国の経済の発展のために設けられた会議ですが、加盟して主に経済的発展を遂げるのが第二次産業などです。第一次産業である農業は、この恩恵に浴しません。逆に、被害を被る想定が色濃くなっています。そのために、農業関係の連合組織は頭から「加盟絶対反対」を叫んで、大会を開いたり宣伝活動をおこなっています。難しい選択です。つまり農業関係者にとっては、このTPPに加盟することによって場合によっては「農業切り捨て」的な雰囲気にならざるを得ないという判断があります。
そこで、TPP参加推進論者たちも、「農業の改革をおこなって、日本の農作物が積極的に輸出できるような改革をおこなうべきだ。農業を切り捨てるのではなく、農業も含んだ形で参加に向かいたい」という一種の妥協案を提案しています。しかし、いますぐそういう改革が可能かどうかは非常に難しいものがあります。
***
東海市のホームページで、なぜこんな問題を取り上げたのかといえば、ぼく個人は日本全国のJA(農業協同組合)で、研修の顧問のようなことをしています。幹部養成のための塾もJA内に設けています。この塾の別名を"火種塾〈ひだねじゅく〉"といっています。火種塾というのは、上杉鷹山が藩政改革のときに提唱した、「改革の参加者は、ひとりひとりがすべて火種になってもらいたい。そしてその火種から起こした火が、ほかの人の胸に飛び火をするように努力して欲しい」と告げたことに因〈ちな〉みます。
上杉鷹山の改革は何十年もつづきます。はじめのうちは、必ずしも成功しませんでした。それは、なんといっても鷹山が藩主をつとめる上杉藩の拠点である米沢城につとめる役人たちが、鷹山の真意をしっかりと理解しなかったからです。改革を進めるには、「参加者が完全にトップリーダーの理念を理解し、それに協力するきもちを持たなければダメだ」ということをはっきり示しました。鷹山が苦心したのは、改革にひそむ三つの壁を破壊することでした。三つの壁というのは、

  • モノの壁(物理的な壁)
  • しくみの壁(制度の壁)
  • こころの壁(意識の壁)

のことです。いちばん壊しにくいのが"こころの壁"です。そのためによく、「改革を成功させるためには、参加者の意識改革が先決だ」といわれるのです。鷹山はこのこころの改革のために"火種運動"を提唱しました。それはかれ自身が、米沢城へはじめて入るときに、雪の峠で味わったことです。かれはタバコを吸いました。雪に埋もれた宿場町は荒れ果て、どこにも泊めてくれるところがありませんでした。やむをえずかれは駕籠〈かご〉の中でタバコを吸おうと思いました。そのとき灰皿をみつめると、冷えた灰が残っていました。火がないので、その灰を掻〈か〉きまわして火種を探しました。火種がみつかりました。このとき鷹山の胸に、「改革もこの火種とおなじだ」と大いに心を勇気づけたのです。火種運動はこのことからはじまります。
鷹山がこういう気になったのはすべて師であった細井平洲先生のおかげです。平洲先生は米沢に発つ前に江戸で鷹山にこういいました。
「米沢にいったら、あなたは『民(たみ)の父母』におなりください」どんなに若くても、藩主(殿様)は藩民の親にならなければダメだ、ということです。親にならなければダメだということは、「いつも親のきもちになって、民の苦しみを味わってください」ということなのです。なんでもない当たり前のことですがこれは大切なことです。いまの政治もおなじです。細井平洲先生なら、混乱している政治状況に対し、「政治家よ、国民の親になってください」と頼むでしょう。
この言葉は、『嚶鳴館遺草(おうめいかんいそう)』の中に書かれています。この本は、平洲先生が亡くなってから弟子たちが先生の教えをまとめたもので、幕末の吉田松陰が「読めば読むほど力量を増す経世済民のテキストだ」と絶賛したといわれています。もちろん平洲先生は儒教の信奉者ですから、古代中国の思想家たちの学問を学んでいます。古代中国の思想家たちは口を揃えて、「政治家よ、民の親になれ」と叫びつづけました。したがって朱子学者である平洲先生も、古代中国の思想家たちの教えを学んでいます。別に、平洲先生がはじめていいはじめたことではありません。が、日本人のクセのひとつとして、「日本人は、なにをいったかよりも、だれがいったかを大切にする」という傾向があります。おなじ内容のことをいっても、いい手に対する先入観や固定観念があれば、必ずしもその内容がすばらしいことでも、きく側が素直にきくとは限りません。逆に、「あいつのいうことは信用できない」と否定してしまいます。つまり、内容よりもいい手が問題なのです。したがって、「政治家よ、民の親になれ」といっても、ほかの人間がいったのでは政治家そのものが、「あいつのいうことなどきく耳を持たない」とアレルギーを起こすでしょう。ところが、平洲先生がいうと、多くの人がすべて素直に耳を傾けました。それは、「平洲先生のおっしゃることなら信頼できる」という考えが浸透していたからです。鷹山もおなじでした。子どものときから平洲先生について学んだ鷹山は、「平洲先生のお言葉なら、すべて自分の血肉としなければならない」という素直なきもちを持っていました。
(次回に続く)

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