平洲塾58「いま平洲先生がおられたら」

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ページ番号1004646  更新日 2023年2月20日

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いま平洲先生がおられたら

3月11日に、日本人のほとんどが心に重い衝撃を受けました。関東・東北の大地震です。個人的なことをお話すれば、さすがのぼくも堪〈た〉えました。以後、心が晴れません。なんといってもあの天災(一部は人災)を受けた人びとのために、なんの役にも立たない気がするからです。
あの地震を「無常」と受けとめた方もおられるでしょう。そしてぼくのように「被災地の人びとになにもしてあげられないもどかしさ」を感じて、自分の非力さに無力感を噛〈か〉みしめる人びとも多いと思います。つまり、被災地の人びとの悲しみや苦しみと「共感」はできても、その場にいないために「実感」を味わうことができないからです。いくらぼくが東京でいきり立っても、結局は何の役にも立ちません。そうなると、いままで365日一日としてやめたことのなかった、夜の飲酒もなにか申し訳なくてできません。珍しく3日から5日間にわたって、禁酒をしました。たとえ飲んだとしても、酔えないからです。
そんなときにつくづく、「いま平洲先生がおられたら、どうなさっただろうか? われわれになにを教えてくださっただろうか?」としきりに考えました。
もう20年近くなるでしょうか、例の"阪神の大震災"のときに、ぼくは現地から話をして欲しいと頼まれました。テーマは、「被災者たちの心のケア」というものでした。そんな大それたテーマを与えられてもぼくにはなにもすることはできません。断わったのですが、どうしてもというので尼崎や西宮や神戸などにいって、商工会議所単位で話をしました。そのとき話したのは、「上杉鷹山と細井平洲先生」の心の通い合いです。震災とは違いますが、当時米沢藩主だった上杉鷹山のおかれていた状況も、いってみれば、「財政的な震災」のただ中にあったと思います。その鷹山を励まし、財政再建を通じて"心の赤字克服"を示したのが、平洲先生でした。阪神の震災とは直接かかわりはありませんでしたが、しかしきいてくださった方々からは別に文句は出ませんでした。鷹山と平洲先生の心の通い合いは、どんなときにも、「つらい状況に追いこまれた人びとを励ます力」を持っていたからです。
今度の地震で、ぼく自身が心に重い衝撃を受け、だれかから"心のケア"をして欲しい気分です。そんなときにはやはり平洲先生のことを思い出します。平洲先生は、「財政再建の最大の武器、というよりも唯一無二の方法は"土と人"以外ない」といわれました。つまり、「農業こそ、国を再興する唯一の力なのだ」ということなのです。
東北地方の海辺にあった田畑は根こそぎ流されてしまいました。回復するのは容易ではありません。しかし、考えてみれば"心の荒れた"人びとが住む土地は、土地はあっても結局は"死んでいる土地"といってよいでしょう。土地には生命があります。また蒔〈ま〉かれた種を育てる力もあります。それは土地自身の持つ「徳〈とく〉」といっていいと思います。
農民が土地を耕すのは、自分の持っている「徳」を鍬〈くわ〉を通じて土に伝えるということでしょう。それを感じた土地はありがたく思い、「徳すなわち愛情を伝えてくれた農民に、自分の持っている徳を徳でお返しをしよう」と考えます。つまり農民の徳に報〈むく〉いようとする土地の意志です。二宮金次郎(尊徳)はこれを「報徳〈ほうとく〉」という言葉で整備しました。
無言の土地が持っている生命を呼び起こし、人間の持っている生命と相乗効果を起こしたときに、農民の蒔いた種が立派な農作物に育つのです。
こういう作業は太古から決まってきたことで、大きな変化はありません。いかに科学が発達しても、やることはおなじです。幸い、現地からもたらされるニュースは次第に明るいものになってきました。なかでもぼくをよろこばせたのが、被災地における中学生の活躍でした。この事実がテレビで報道されたとき、ニュースキャスターが活躍する中学生のひとりにマイクをさし出してききました。
「きみたちは、なぜそんなに元気な姿で活躍しているの?」これに対し中学生はこう答えました。
「今度の震災で、ぼくは身近な家族・友だち・学校の先生・地域のおじさんやおばさんたちの中に、とてもいいものを発見しました。それは、自分のことだけでなく、他人のことも考えるというやさしさと思いやりのことです。ぼくは感動しました。そこでぼくは、いままで知らなかったそういういい面を持つ人びとのために、ぼく自身もなにかしなければいけないと思いました。いま元気でいるのはそのためです」きいていたぼくは感動しました。それは、

  • 中学生が、身近な人びとの中に他人のことを考える善意を発見したこと。
  • しかしそれは、中学生自身が自分の中にも他人のそういういいところを発見するきもちを持っていたこと。それがめざめたこと。
  • あるいは、その中学生はいままで悪ガキであったかもしれない。が、まわりの人びとが震災によって互いに人間性を発揮しはじめたことにおどろき、同時に感動し、そして自分のあり方を改めて振り返ったこと。
  • そのことが動機となって、いまの活動を支えていること。

などを感じたからです。(次回につづく)

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