平洲塾19「薬という名の女性の話」

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ページ番号1004689  更新日 2023年2月20日

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人に疑われるのは、親不孝になる 薬<くす>という名の女性の話

今回も、平洲先生の『小語』の中から引用します。平洲先生が直接知っていたのか、あるいは人からきいた話なのかはわかりません。薬<くす>という女性がいました。一般にない名ですが、「薬」という字を女性の名にした例は古代にもあります。たとえば王朝内でいろいろ問題を起こした「藤原薬子<ふじわらのくすこ>」(?~810)という女性も「薬」という字を自分の名につけていました。おそらく、薬は人間生活にとって大切なものなので、"大切な存在"という意味で薬という字を使ったのではないでしょうか。

平洲先生は、「この薬<くす>という名の女性の言葉には、ほんとうにハッとさせられるものがある」と前置きをして、次のような話を書いています。

  • 薬は結婚して娘をひとり産んだ。
  • しかし、縁がうすくやがて婚家を出た。
  • 産んだ娘は薬についてきた。実家に戻ると母は老年で長く病床にあった。
  • 自分(薬)の妹も不治の病にとりつかれていた。
  • さらに産んだ娘も喘息<ぜんそく>持ちだった。
  • そこで薬は一家の生計を支えるために織物仕事に雇われた。
  • しかし、たったひとりで何人もの病人を養わなければならないので、薬の苦労は並大抵のものではなかった。
  • そんな薬の苦労を見ていて近所のある人が薬にこういった。
    「薪<まき>になる木が近くの橋の下に流れ着いているそうだ。そこへいって拾ったら何十束もの薪になるよ」親切な助言だった。
  • しかし薬は、
    「ご親切にありがとうございます。でもわたしはそこへいって木を拾おうとは思いません」
    「なぜだね」
    「貧乏なわたしは礼儀を知りません。でももしもわたしがその木をたくさん拾えば、ひょっとして薬は盗人だといわれるかもしれません。そうなったら、わたしは自分の汚名だけでなく、お母さんに対して大変な親不孝者になります。おかあさんは、こどものときからわたしに、いつも正直に生きなさい、決して人様から疑われるようなことをしてはなりませんと教えてくださいました。その母親に対して、木を拾って疑いをかけられるようなことをすれば大変な心配をかけることになります。ですからわたしはその橋にいって木を拾おうとは思いません」
    きいた人は、薬の正直さに感動した。

この話の冒頭に平洲先生が、「薬なる者有り。其<そ>の言<げん>、最も驚くべし」と書いているのは、平洲先生もこの話に深く感動したからでしょう。平洲先生は最後に、「村婦<そんぷ>の言<げん>の、此<ここ>に至<いた>るは、其<そ>の知<ち>、自然に発すればなり」と結んでいます。つまり薬という女性は田舎の人間だ。にもかかわらずそういう言葉が出てくるのは「人に疑われることは親不孝になる」という考えが身に染みついていたためだ、という受けとめ方をしているのです。

わたしたちの周囲にも、別に学問を深く修めたわけでもないのに、その生き方の底から発する自然の言葉が、よく胸を打つことがあります。その意味で、この薬の話は、いま生きているわたしたちが他人の何気ない言葉の中から「学べること」をいつも緊張して発見すべきだという教えがあるのではないでしょうか。

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