平洲塾18「名医はずれてヤブ医者のまぐれ当り」

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ページ番号1004690  更新日 2023年2月20日

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名医はずれてヤブ医者のまぐれ当り

細井平洲先生の『小語』の「第9章」のお話から、例によってぼくがアダプテーション(脚色)した話です。

尾張徳川家に千賀〈せんが〉様という位の高い武士がいらっしゃいました。わたし(平洲)と同郷(尾張国知多郡〈おわりのくちちたぐん〉)なので、ごく親しく交流させていただきました。大変親孝行な方で、いつも陰日向〈かげひなた〉なく父上に孝養を尽くしておられました。

ところがなぜか千賀様の父上はあまりよろこびませんでした。千賀様は悩みました。そこで親しい何人かの学者に、「なぜ、父上は自分の孝心〈こうしん〉を認めてくれないのだろうか。わたしがどんなに孝養を尽くしても決してよろこんではくださらない」と嘆きました。学者たちはそれぞれ、「まだ、千賀様の真心〈まごころ〉が足りないのではありませんか」ときびしいことをいいました。
千賀様は、「あるいは、そうかもしれない」といって反省し、さらに孝養を尽くすのですが、効果は上がりませんでした。つまり、父上は千賀様に、「息子よ、ありがとう」とは決していわないのです。

思い余った千賀様はついにわたしのところにやってきました。そして悩みをお訴えになりました。わたしはほかの学者がいったことや、千賀様のなさっていることを詳しくききました。わたしは学問というものは、実生活に役立たなければ意味がないと思っていますので、こういう相談をよく受けます。そのときに、わたしが答えるのはいつも、「こどもの心に立ち戻って、その問題を考える」ということです。

このときもそうでした。ですから、赤ん坊のような心に戻って千賀様の悩みを受けとめました。こういいました。
「千賀様は、お父上を敬うお心が、お父上を愛する心より勝っているのだと思います」
「えっ!?」

千賀様はおどろいてわたしの顔をみかえしました。わたしの言葉が唐突ですぐ理解できなかったのでしょう。きき返しました。
「わたしが、父上を敬うほうに力点をおいていて、愛する心が足りないといわれるのか?」
「そうです。ですから、父上にすれば千賀様が敬ってくださるのはよくわかっても、愛されているとはお思いにならないのです。おそらく、千賀様のなさる孝養のしぐさの数々が、どこか形式的で、心のこもったものではないようにお父上は受けとめておいでなのではないでしょうか」
「なるほど・・・・・・」

千賀様は沈黙してしばらくお考えになりました。わたしの言葉に思い当ることがあったのかもしれません。わたしはさらにこういいました。
「敬う心が愛する心に勝っているというのは、敬う心が強いあまりおそらく何ごとをなさるについても、失敗をすまいとして完全を期しておられるのだと思います。そうなると、そのご好意をお受けになる父上のほうも形をととのえなければならず、素直に千賀様のご好意をお受けになることができないのではないでしょうか。つまり、やり取りが堅苦しくなるのです。その堅苦しさの垣根を取り去って、失敗を恐れずに思いのまま愛の心を持って父上にお尽くしになれば、きっと千賀様のご恒心が通ずると思いますよ」
「わかった。さすが細井先生だ。よいことをおっしゃってくださった。ほかの学者とはちがう。かたじけない」

千賀様はよろこんでお帰りになりました。
それからの千賀様は、お父上をただ敬うだけでなく、お父上の悪いところはガミガミ小言をいって叱〈しか〉ったり、あるいはいき過ぎたわがままはピシリとお叱りになるようになりました。お父上は、そういう千賀様に対し「親不孝者め」とブツブツ文句はいいましたが、ほんとうは心の中ですっかり変った千賀様の応じ方をよろこんでおられました。お父上は、千賀様のいないときにたずねてくる人にこのことを話しました。そのため千賀様は「まれにみる親孝行者だ」という評判をお立てになりました。よろこんだ千賀様はわたしのところにきてお礼を申されました。

わたしはこう応じました。
「たまたま名医がはずれて、ヤブ医者のまぐれが当っただけですよ」
千賀様はこれをきいて、「まさにそのとおりだ」と言って大笑いをしました。
***
このお話でおわかりのように、今回のタイトルは細井平洲先生が自分からおっしゃった言葉です。平洲先生にはこういうユーモア精神もたっぷりありました。でもおなじ親孝行をするにしても、「敬うだけではダメで、愛情をこめて接することが大切だ」という教訓はいいですね。

親を大切にするのはよいことですが、ただ敬うだけでは血が通いません。血を通わせれば、やはりたとえ親であっても相手の悪いところはガミガミ叱りつけたり、おこないを改めさせたりすることも必要です。それも立派な親孝行なのだと思います。

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