平洲塾14「あやまちをおかした人間を保証する (2)」

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ページ番号1004694  更新日 2023年2月20日

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美しい日本人たち 「平洲小語」から 第4回

あやまちをおかした人間を保証する (2)

この家がいちばんはいりやすかった 井上仲八の話

ある夜、井上仲八は自分の家に入った盗人〈ぬすっと〉を捕らえました。仲八は剣の達人ですから、こんな悪者を捕まえるのはわけはありません。
捕らえてみると、まだ若い男です。オドオドして、すっかり震え上がっていました。仲八はたずねました。
「なぜ、わしの家に盗みに入ったのだ?」
どろぼうは、こう答えました。
「ほかの家は戸締りが厳重でなかなか入れません。この家だけがいちばん入りやすかったものですから……」
この答えを聞いて仲八は、思わずクスリと笑いました。それは、(この盗人はまだ盗みなれていないな)と思ったからです。つまり、どろぼうの初心者です。そこで、聞きました。
「いままで、どれだけ盗みに入ったのだ?」
「今回がはじめてです」
仲八はさらに心の中の笑いを深めました。そして、(この若者は悪いやつではないな)と感じました。
「なぜ、盗みをするようになったのだ?」
「おこないが悪いので父に家を追い出されました。いくところもなく、また食べるものがないので、おなかがペコペコでついにどろぼうに入ってしまったのです」
「まだ腹は減っているか?」
「はい、おなかの皮が背中にくっつきそうです」
「それはかわいそうだな、よし、こい」
仲八はそういうと、盗人を台所に案内し、家人に頼んで盗人のための食事を用意してもらいました。盗人は眼を輝かせガツガツとイヌのように食べました。
その様子を仲八はじっとみていました。そして、(この盗人を罰してもダメだ。初心者なのだから、心を入れ替えるように生きる道を教えよう)。

翌朝、仲八は盗みに入った若者を連れて村長のところにいきました。村長はかねてから、「仕事が忙しくてどうにもならない。しかし、いまの若者は単純労働を嫌がるので、人出が足りなくて困る。仲八先生、誰かいい人がいたら世話をしてください」と、仲八に頼んでいたからです。
仲八は若者を村長に紹介し、正直に自分の家に入った盗人だと告げました。しかし、きいたところ、かわいそうな事情なので、しばらく使ってみてはくれませんかと頼みました。
そして最後に、「もし逃げ出すようなことがあったら、すぐ私に知らせて下さい。地の果てまで追いかけても必ず捕らえて、わたしが厳重に罰しますから」といいました。
そのとき、仲八は恐ろしい眼で若者を睨みました。
若者はふるえ上がりました。昨夜のいきさつで、若者も仲八が剣術に強いことを知っています。だから、いまいっていることはほんとうだと感じたのです。
若者は上目使いに仲八を見て、ペコリとおじぎをしました。そして、「ご恩は決して忘れません。一所懸命働きます」と神妙な顔をしていいました。仲八はニコリと笑って、「よし、わしはその言葉を信じているぞ。裏切るな」と告げました。

仲八がなぜこの若者にそういう扱いをしたかといえば、若者がいった、「近所の家は全部戸締りが厳重なのに、この家(仲八の家)だけが入りやすかった」といったからです。仲八の家にはいりやすかったというのは、仲八が戸締りなど一向に気にしていないということです。
仲八はユーモア精神がありますから、(盗人まで、わしの家をそうみたのか)ということに、感ずることがあったからです。それは、(やはり自分は油断をした。無用心であった。剣の達人にあるまじきことだ)と反省させられたことです。しかし、同時に、「いちばん入りやすい家に盗みに入った」と正直にいう若者の言葉にも思わず胸を温かくしました。
若者が正直だったからです。だから、こんんな正直者なら、まじめな仕事をさせれば必ず心を入れ替えるだろうと期待したのです。
しかし、自分のところで使うよりも、むしろ村全体の仕事をしている村長に預けたほうが、若者も村の実情を知り、そういう状況の中で自分は何をしなければいけないかを必ず悟るだろうと思ったからです。
〈この話次回に続く〉

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