平洲塾15「あやまちをおかした人間を保証する (3)」

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ページ番号1004693  更新日 2023年2月20日

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美しい日本人たち 「平洲小語」から 第4回

あやまちをおかした人間を保証する (3)

人材を失うのは惜しい 井上仲八の話

自分の家に盗みに入った若者を村長の家に預けるという忠八の考えは当たりました。
若者は2年間、村長のもとでまじめに働きました。そして、忠八が期待したとおり、「この村は、こういう実体だったのか」ということを知りました。そして、村長のところをおとずれる村人の多くが、自分たちの苦しみや悩みを訴えたのです。若者はそのたびにその場に立ち会わされました。村長も忠八のきもちを知っていましたから、自分がきく話をそのまま若者にもきかせて、本人の更正の役に立てばよいと考えたからです。

若者は村人たちの訴えをきいて、(自分は甘かった)と悟りました。村人たちの訴えは切実な悲しみや苦しみに満ちていて、かつて若者が一向に気にしないことでした。ところが、現実を知った若者は、はじめて自分が父の怒りに触れた理由に思い当たったのです。格好つけて、無頼の日々を送っていたあのころが恥ずかしくなりました。父が怒るのも無理はないと思いました。

この2年間に、仲八は仲八で、若者の父親を説得していました。父親は怒っていて、はじめは仲八の話を聞きません。仲八がいくら、「おたくの息子はこのごろまじめに働いているのだから、そろそろ家に戻してもよいのではないか」といっても、父親は宙で手を振り、「あれはもうわたしの息子ではありません。勘当したものですから余計なお世話はしないでください」と突っぱねました。ところが、1年経ち、2年経つと、若者の父親も仲八の熱心さにしだいに根負けしてきました。しまいには、「先生はなぜ、あの息子をそこまで心配なさるのですか」と聞きました。仲八はいいました。
「あの若者には可能性がある。村長のところで修行したから、これからは村のためにも多いに役立つ。そういう人材を失うのは惜しい。お父さんもどうかきもちを和らげて、あの息子を温かく迎えてやってください」といいました。
父親もさすがに折れました。そして、今度は仲八に感謝しました。
「いつでも息子をお戻しください。もう叱りませんから」といいました。2年経って、すっかり心を入れ替えた若者は、父親のもとに帰っていきました。父親もよろこびました。それは、若者の様子を一目みれば、どんなに人間が変わったか一目瞭然だったからです。温かく迎えました。若者は、その後、村人たちにとってなくてはならない存在になりました。仲八はうれしかったのです。
***
原文をお読みになった方はご存知でしょうが、このお話は『小語』の中にある10行ほどの文章です。細井平洲先生は、簡潔な文章でこのエピソードを書かれていますが、読んだわたしはわたしなりに、「井上仲八さんは、なぜこのどろぼうを更正させるために村長のところに連れていったのだろうか、また、簡単にその罪をゆるしたのだろうか」と考えました。
罪をゆるした理由は、おそらくこの若者の純粋性にあったと思います。つまり、若者が、「仲八先生の家がいちばん無用心で入りやすかったから」といったことです。

もちろん、これは私の想像であって平洲先生が書かれたことではありません。しかし、平洲先生の文章を、そういうふうに、いまに当てはめて考えてこそ、現実生活に役立つことであり、いまのわたしたちに学ばせるものがあるということです。
そして、村長の家というのは村全体のことを扱います。むかしもいまも変わりません。したがって、そこに住む人びとの悲しみや苦しみが全部持ちこまれます。簡単な裁判もおこなわれたことでしょう。
そういうところであれば、村のことや村人の生活の実態を知るのにはこんないい場所はありません。それをまとめているのが村長です。
だからその手伝いをすれば、いったんは不良少年だった若者も、自分はこういうところに住んでいたのか、また村人がこんなに苦しんでいるのに、自分を格好をつけていきがっていた、なんとバカなことをしていたのだろうかと反省するはずです。
その効果をねらって、仲八さんは若者を村長に預けたのです。このお話の第1回目(童門冬二の平洲塾(13))に、わたしは「平洲先生のお話を脚色することもあります」と書きましたが、脚色というのはそういうことです。いってみれば、平洲先生がお書きになられたことを鵜呑みにするのではなく、自分なりに受け止め直すということです。
それによって平洲先生の書かれたことが、いまも生き生きとわたくしたちのくらしの中に役立つということになるのです。
でも、この井上仲八さんと、盗みに入った若者の話はいいお話ですね。

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