平洲塾35「木村蓬莱<きむら・ほうらい>のお話(つづき)」

Xでポスト
フェイスブックでシェア
ラインでシェア

ページ番号1004670  更新日 2023年2月20日

印刷大きな文字で印刷

"なにを"いっているのかだけでなく、"だれが"いっているのかも 木村蓬莱<きむら・ほうらい>のお話 (つづき)

木村蓬莱〈きむら・ほうらい〉がためらったのには理由がありました。それは、蓬莱も安房勝山〈あわかつやま〉藩邸にいって指導している間に、時々、藩主忠篤〈ただあつ〉の息子・忠大〈ただもと〉と接触しました。しかし、忠大は父の忠篤がいくら、「おまえもきちんと木村先生から学ぶように」といってもいうことをききません。忠大はもともと学問をバカにしているのです。ですから、木村蓬莱に対しても悪感情を持っていました。
「木村先生は、ろくでもない学問を教えて家臣たちを軟弱にさせている。大名家の家臣はもっとビシッとしなければならない。それにはもっと武術を修行しなければならない」と考えていたのです。ですから、父が死んで自分が殿様になるとたちまち方針を変えました。
「武士には学問よりも武術が大切である」と宣言しました。家老が心配して、「いや、武術だけではなりません。いまのような平和な世の中で武士にとって必要なのは文武二道ですから、学問もないがしろにしてはなりません。どうか木村先生からしっかりとお学びください」と諫言〈かんげん〉しました。千代以来の忠臣のいうことですから、忠大も渋々〈しぶしぶ〉蓬莱から学問を学びますが、いつもうわの空です。そして腹の底では蓬莱をバカにしていました。蓬莱はだんだん嫌になりました。暖簾〈のれん〉に腕押〈うでお〉しで、張り合いがないからです。
悩んだ末、蓬莱はある日、深刻な表情で親友の細井平洲先生のところにやってきました。そして自分の悩みを打ち明けました。最後まで静かに蓬莱の話をきいていた平洲先生は、「それは深刻だね」とうなずきました。やがてこういいました。
「木村さん、われわれには悪い癖〈くせ〉があって、人の話をきくときも"なにを"きいているのか、という内容よりもむしろ"だれが"話しているのか、という話し手にこだわりを持ってしまいます。先生の場合もおなじだと思うよ。新しく後を継いだ若い殿様にすれば、むかしから先生のことを知っている。ましてその若殿様は学問が嫌いだ。学問が嫌いだということがそのまま先生も嫌いだということに結びついている。だから若殿様は先生がどんなによいことすなわち"なにを"話しても、嫌いな先生が話す以上は、絶対に耳を傾けない。したがってここは難しいのだが、先生自身のほうも若殿が、この先生のお話しになること"なら"というように、先生に対するみかたを変えさせる必要がある。先生はおそらく、ご先代にお話しになったときに先生の説をそのまま受けとめていただけたものだから、自信を持っておいでだ。あるいは、その自信がいまもつづいていて、若殿様にお話しになるときにも先代に対してお話しになったようなやり方をそのまま踏襲〈とうしゅう〉されているかもしれない。だとすればそれは間違いだ。やはり先代の殿様とは違って、新しい若殿には若殿の感覚がおありなのだから、先生も若殿の立場に立って、この若者ならこういう話し方をすれば通用するだろうという新しい話法を発見することも必要ではなかろうか。その努力をつづけていけば、若殿のほうもおそらく考えをお変えになるだろう。やがては、『木村先生のおっしゃることなら間違いない』という受けとめ方をなさるにちがいない。これは若殿だけを責めてもダメだ。むしろ、先生自身が"なにを"告げるのかだけでなく、"だれが"話しているのか、というその"だれが"の変質に努力なさる必要があると思いますよ」
蓬莱は黙って平洲先生のいうことをきいていました。やがて顔を上げて、「細井先生、よくわかりました。ご忠告身にしみました。胆〈きも〉に銘じます」と答えました。そして帰っていきました。数日後、蓬莱はまた細井先生をたずねてきました。この間とは打って変わって明るい表情です。こういいました。
「細井先生、この間は貴重なご忠告をありがとうございました。先生のおっしゃるとおり、"なにを"だけでなく"だれが"といわれるように、懸命に自分を変えました。すなわち、忠大様にお話をする前に、忠大様の小姓〈こしょう〉(秘書)に相手をしてもらって、『こういう話しかたなら、若殿様もキチンときいてくださるだろうか』というテストをなんどもおこないました。小姓が首をひねっているときは、わたくし自身が自分のわるいところを変えました。ようやく小姓が『先生、大丈夫です』と太鼓判〈たいこばん〉をおしてくれたので、安心して忠大様にご講義申しあげております。いまでは、若殿が真剣にわたくしの話をきいてくださるようになりました。すべて先生のおかげです。ありがとうございました」
「それはよかったですね」うなずきながらも細井平洲先生は、(他人にあんな忠告をするが、自分自身はどうだろうか)と謙虚に自分を反省するのでした。

本のご紹介

細井平洲「小語(しょうご)」注釈
平成7年発行 A5判 345頁 1冊 1,120円(別途送料1冊 350円 650g)
「小語」とは、細井平洲自身が見聞きした君主から名もない人物まで、70人余の逸話が漢文で書きとめられた書物。小野重伃(おのしげよ)氏の研究により完成した、平洲研究の原典となる注釈本。

写真:細井平洲「小語」注釈本

販売窓口

社会教育課(市役所6階)、文化センター、上野公民館、中央図書館、平洲記念館

郵送の場合

本の代金+送料=金額を、必ず現金書留で下記のところへお送りください。

問い合わせ先・送り先

〒476-8601 東海市教育委員会 社会教育課
電話:052-603-2211・ファクス:052-604-9290

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページに問題点はありましたか?(複数回答可)

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 平洲記念館
〒476-0003 愛知県東海市荒尾町蜂ケ尻67番地
電話番号:052-604-4141
ファクス番号:052-604-4141
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。