平洲塾30「金よりも信用が大事」

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ページ番号1004676  更新日 2023年2月20日

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金よりも信用が大事

細井平洲先生が江戸で嚶鳴館〈おうめいかん〉という塾を開いているころ、出入りする屋根職人に佐伯孝思〈さえき・こうし〉という人がいました。江戸時代に職人で姓のあるのは珍しいことです。孝思の話によると、「九州の柳川〈やながわ〉藩主立花家に出入りして、いろいろと仕事をしたので苗字を名のることをゆるされたのです」という話です。平洲先生は、孝思がさぞかし良いことをしたのだろうとそのことをよろこんでいました。

ところがその孝思が、ある日しょんぼりとした顔つきで平洲先生のところにやってきました。先生は、「どうしたね、元気がないぞ」といいました。孝思は思い余ったように平洲先生をみかえし、「先生、わたしの悩みをきいくれますか」といいました。平洲先生は孝思が好きなので、「何でも話してごらん」とうなずきました。

孝思の話によると、孝思の友人が、「ある人の面倒をみたいのだが、自分の名は出したくないので孝思がその人に代わって金を貸してやって欲しい」ということです。孝思はいいよと承諾しました。ところがその友人は、急に気が変って「金がないからこの間の話は取り消すよ」といいました。孝思はどうしてそんなことになったのか不思議に思いました。調べてみるとどうも友人が孝思に対し不信感を持ったのです。それは誰かが友人に「孝思は信用できないから、金など預けないほうがいい」といったようです。孝思は腹が立ちましたが理由がわからないので怒りようがありません。そして、すでに孝思が友人のかわりに金を貸してくれると信じていた人物がやってきて「例のお金を貸してください」といいました。孝思は弱りました。

孝思ががっかりしたのは、自分が友人の信用を失ったことです。孝思は思い悩みました。そして平洲先生のところに相談にきたのです。平洲先生はききました。
「で、おまえさんはどうするつもりだね」
「家を売って金をつくろうと思います。その金をその人に貸すつもりです」
「ほう、それは大変なことだね」平洲先生はおどろきました。
が、孝思はこういいました。
「わたしは家がなくなっても財産がなくなっても悔〈く〉いることはありません。ただ友人の信用を失ったことがいちばん悔〈くや〉しいのです。それを取り戻すためにも自分の家を売って金をつくり、その人に貸すつもりですが、先生、間違いでしょうか」

平洲先生はちょっと返事に困りました。しかしニッコリ笑ってうなずきました。
「おまえさんは正しいよ。いま家がなくなっても、必ず信用という大きな宝物がおまえさんに戻ってくるよ。そうしなさい」
「はい」
孝思はたずねてきたときとはうって変わって眼を輝かせ元気になって戻っていきました。

何日か経って孝思がやってきました。この間とは違ってニコニコしています。
「この間の件はどうしたね」と平洲先生がききました。
孝思は、「家を売らずにすみました。わたしは何もいわなかったのですが、その人がほんとうのことを知って、友人を詰問〈きつもん〉したのです。友人もびっくりして、わたしを疑ったことを申し訳ないと思い謝〈あやま〉りにきました。そして友人が直接その人にお金を貸して事はすみました。先生のおかげです」
「わたしは何もしないよ。おまえさんのお金よりも信用が大事だという考えがとても大切だと思っただけだよ。わたしにお金があれば立て替えてあげられたのだが、わたしも貧乏だ。しかしほんとうのことがわかって家を売らずにすんでよかったね」
「はい」孝思はうれしそうにうなずきました。

孝思は嚶鳴館に出入りする屋根職人ではありましたが、実際には細井先生の嚶鳴館で熱心に学ぶ門人でした。ですから、「お金よりも信用が大事だ」ということは、平洲先生の日ごろの教えなので、孝思にはしっかりと身についていたのです。

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