平洲塾26「かご屋からもまなぶ」

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ページ番号1004681  更新日 2023年2月20日

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かご屋からもまなぶ

「自分以外すべて師です」といったのは、戦前に『宮本武蔵』という長い小説を書いた吉川英治さんです。
ぼくもこの言葉を大切にしています。
細井平洲先生もおなじでした。学問を現実に生きている人びとに役立たせようと志した先生は、身分を問わず自分を向上させてくれる人びとからは率直にまなびました。
先生は、米沢藩主上杉鷹山の師として有名ですが、あるとき山道を越えて米沢へいきました。かごに乗りました。今回は、そのときに先生が感じたことの話です。

* * *

先生を乗せたかご屋は、ひとりが高齢者で、もうひとりが若い人でした。
若い人は謙虚な性格で、かごを担ぐ前に年配の高齢者のかご屋に向かって、「おやじさん、わたしはまだ若くてかごを担ぐことに経験が浅くて慣れていない。どうか、いたらないところを叱りながら教えてください」と頼みました。高齢者のかご屋は若者の謙虚な態度に感心し、「わかった。いうとおりにしよう。思いついたらすぐ注意するよ」と応じました。
かごは出発します。かごの中で平洲先生が耳を澄ましていると、高齢者のかご屋がこんなことを若いかご屋に教えています。
「かごを担ぐには、実をいえば七つの教えがあるんだ。
ひとつは、必ず杖を持つこと。その杖も自分の肩の高さとおなじものを選ぶこと。これが第一だ。
次に、履いている草鞋(わらじ)が傷んでくると足にマメができる。これは草履が足に食いつくからだ。食いつかれたらその草履は捨ててしまうこと。値段をくらべてみれば、草履は安い、しかし自分の足の値段は高いからな、これが二番目だよ。
第三番目は、一緒に担ぐ相棒と仲良くすることだ。兄弟のようにな。ひとつのかごを一緒に担いでいくのに、ふたりの心が食い違っていたら、足ももつれて食い違ってしまう。まっすぐ歩けなくなる。これが三つ目の注意だ。
また、乗っているお客さんが身体を落ち着けて安心してもらう必要がある。こっちがおっかながっていると必ずかごが揺れる。そうなると、かごの中にいるお客さんも不安になってしまう。もっといやあ、グラグラ揺れるかごを担いでいると、担ぎ手であるこっちの肩も痛くなってしまう。肩の痛みがひどくなると食事もできなくなるよ。これが四つ目の注意だ。
その次は、石ころを踏まないこと。石ころがあるところは、たとえ遠まわりでもゆっくり歩くこと。それも急に向きを変えてはダメだ。急に曲るとくたびれる。これが五つ目の注意だ。
六つ目は、時々杖をついて身体を休めることだね。おなじ姿勢を長くつづけると疲れる。しかし、杖は始終ついてはダメだ。たまにつくから、身体の疲れが取れる。
七つ目は、食事も身体の温度の保ち方も程々にすることだ。腹一杯ものを食うと息切れがする。また身体が温まっていると苦しくなる。
この七つの注意を守っていれば、決して疲れることはなく、お客さんを安心して運んでいくことができる。わかったかね」
若者は高齢者のかご屋がいったことをすべて納得しました。実際に役立つもっともな注意だと思ったからです。

目的地に着くと、若者は高齢者のかご屋に酒を買ってお礼をしました。
話し合っているふたりの和やかな風景をみて、わたしはとても尊い経験をしました、と、平洲先生は語っています。そして米沢城にいくと、このかご屋の経験を話して、「治世の任にあたるあなた方は、このかご屋の七つの教訓からも学んでいただきたい」と講義するのでした。
平洲先生は、藩主の上杉鷹山に対して、「為政者は常に民の父母でなければいけません」と教えました。
民の父母であるということは、身分にこだわって農工商三民をバカにしてはいけないという意味も含まれています。民に対しては、その身分を問わず親のようなきもちで接しなければいけないということです。
そのためには、民のいうことや考えていることをこっちがきちんと受けとめて、そのうえで政治行政は何をすればよいかを考えなければいけないという戒めです。
だから先生はどんな身分・職業の人たちでも、常に耳を立て、話し合う言葉を正しくきいたのです。このかご屋のエピソードも、平洲先生の謙虚な学習態度を遺憾なく物語っています。

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