平洲塾27-2「続・尾張藩名家老の話」

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ページ番号1004679  更新日 2023年2月20日

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続・尾張藩名家老の話

先回に引きつづき「尾張藩名家老の話」をつづけます。なお、先回は文章を「である」体で書いてしまい、ご迷惑をかけたかもしれません。今月からまた、「ます」体に戻します。

尾張藩の名家老といわれた竹腰正武〈たけこし・まさたけ〉には、いろいろなエピソードがあります。ほかの本ではあまりみかけませんが、細井平洲先生は、きちんと名家老の話を書きとめておられます。その中からご紹介します。テキストは例によって平洲先生の『小語』です。が、そのままご紹介するのではなく、ぼくなりに、その話から受けとめた感動を主に書きます。
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竹腰正武は五十年以上家老職にあったので、やはりかれの人柄をよく知らない人間は批判することもありました。竹腰家老は穏やかな性格で、人との調和を重んじます。そのために、ときには妥協し、自分のいいたいことも我慢します。正義感の強い人はそういう竹腰家老の態度をみていて、「生ぬるいな。もっとはっきりいえばいいのに」と、イライラします。

竹腰家老は人の話をきくのが好きで、仕事が終わると、よくいろいろな人を集めて酒盛りをしました。そのときに、「なんでも自由に話して欲しい。わたしの批判でもいいよ」などといいます。その誘いに乗って、なかにはズケズケものをいう人もいました。その人は正義感が強く、曲ったことが嫌いです。ですから、人を常に「正義というモノサシ」によって推し量ります。この人は間違っていると思う人に会うと、真正面からズケズケ批判しました。

あるとき、この人が竹腰家老の懇親会に呼ばれました。酒がまわってくると、その人は竹腰家老に向かってこういいました。
「ご家老は誰もが褒〈ほ〉める温和〈おんわ〉な方です。しかし、わたくしからみるともっと正しいことは正しい、間違ったことは間違っているとはっきりおっしゃっていただきたいことがたくさんあります。家老というのは、そういう役割を負っているのではないでしょうか」竹腰家老は黙ってその人のいうことをききました。竹腰家老の脇に藩のお医者さんがいました。竹腰家老はそのお医者さんに向って話しかけました。
「先生、甘草〈かんぞう〉という植物がありますが、この甘草のことを別名"家老"というそうですな」
「はい、そう申しております」
「甘いという味にはどういう意味がございましょうか」
「甘味は味の中央にあります。そしてほかの味を調整します。ですから、薬としても非常に重く用いられます。つまり甘い味でほかの味を調整しますので、ほかの味にとっても絶対に欠くことのできない役割を果たすのです。ほかの味では、ほかの味と折り合ったり調整することはなかなか難しいと思います」
「そうですか。そうなると、わたしの役割もその甘味〈あまみ〉とおなじですな」竹腰家老はそういって笑いました。藩のお医者さんも、「そのとおりです」と、うなずきました。

これをきいて、正義を振りまわしていた批判者も、竹腰家老とお医者さんとの会話の意味を悟りました。
藩の大きな目的を達成していくためには、いろいろな難題が起こります。しかし、その難題を乗り越えていくためには、やはり人間のやることですから、多くの人たちが心を合わせなければなりません。
家老というポストは、そういう役割を負っています。ときには我慢し、あるいは強く出、あるいは折り合い、あるいは決断するというような、緩急自在の対応をしなければなりません。

味の中で甘味はほかの味を調整するといわれます。その植物の中でも甘草という草はその役割を果します。ですから、漢方薬には欠くことができません。竹腰家老がいったのは、《家老職は甘草とおなじ役割を果たしている。したがって、自分の思うとおりにいかない場合がある。が、じっと我慢し、他と折り合うことによって、本来の目的を達成することができる。それほど家老というポストは、根気強く、また時間をかけ、決して腹を立ててはならない役職なのだ》と、遠まわしに告げたのでした。

短絡して竹腰家老を批判したその武士は、深く恥じ入りました。そして竹腰家老に、「ご苦労のほどを知らず、大変ご無礼をいたしました」と、謝罪いたしました。
竹腰家老はニコニコ笑いながら、「いや、そういう意見が城の中にたくさんあることはわたしもよく知っている。よく思い切っていってくれた。さあ、一杯いこう、わたしのつぐ酒を受けてくれ」といって、その武士の盃になみなみと酒をつぎました。以後、批判した武士は圧倒的な竹腰家老のファンになったそうです。

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